Kevin's Room
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Wonderful&Beautiful


そこには、等身大の彼らがいた。。



昨日、TOUR 2008 “Wonderful&Beautiful”大阪公演に行ってきた。



最近の彼らの楽曲を聴いて、変わりゆく彼らに歯がゆさを感じていたのは、先のログにも書いたとおり。


でも、彼らはライブという舞台に活路を見いだしていた。


素の自分たちは、ライブで。


そんな開き直りからか、非常にリラックスした空気だった。



曲目を書くとネタバレになるのでそれは言えないけど、


神社時代に作られた曲なんかも結構演奏されて。。


彼らも原点を愛してるんだなぁって思った。



決して忘れたわけじゃなかったんだ。


でも、苦しかっただろうな。


割り切りができるまでは。



しかし、昨日は出だしからハイテンションな曲が連続して、オレは最初でダウンしてしまった。


もう、息が上がっちゃって。。


序盤終了の頃には、フラフラになってた。。



そして、途中から、恐れていたことに、お腹に激痛が。。


実は数日前からお腹を壊していたんだけど、激しいビートの振動でお腹が刺激されてしまい。。


とんぷくを飲んだけど、全然止まらなくって。。


もう、顔は真っ青で、脂汗がにじみ出てくる状態。



途中から、全然集中できなくなってしまった。。。


ま、もう一度奈良公演のチャンスがあるんで、今度こそしっかり彼らの姿を見届けてやろうと思う。



あんな勢いで40本のツアーは大変だろうけど、身体には気を付けて頑張ってほしいいものだ。


そして、少しでも多くのファンに本当の自分たちの姿を見せていってくれることを期待したい。


P.S.
やっぱフェスティバルホールは音が良くない。。。
でも、それが返って生々しくてよかったかも。





雪山の楽しみとは。。


ずっと放置したままのオレのHP。


そのテレマークのコーナーのトップの文句。


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夏のゲレンデを見て思った。スキーって自然破壊?
ベルトコンベア式にリフトで運ばれては、工場製品のように滑り降りてくる繰り返し。
なんだか疑問を感じた。そしてスキーをやめた。
スノーシューを履いて思った。もっと早く歩けないかな。
歩くスキーをやってみた。感動した!
山歩きとスキーが歩み寄るところに見えてくるもの
それはテレマークスキー!

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そう、オレはある時ゲレンデスキーをやめた。


カーヴィングスキーが出てきて、面白くなくなった。


ちょうど飽きもきていた。


何よりも、上級だの中級だの、人を階級分けする世界が嫌だった。


周りが級を取っていく。


滑りはこうでなくちゃいけない。


上手くならなくちゃ。


そんな世界が嫌だった。



テレマークスキーを始め、自由を満喫した。


自然の中をゆっくりと歩く。


自然界の呼吸を肌で感じる。


フィールドには誰もいない。


滑り方なんて決まってない。


歩いて、登って、滑って、転んで、雪と戯れる。


上手いも下手もへったくれもない。


そんな外見や外聞なんて気にすることはないし、そんなことはどうでもいいことだった。。


ひたすらゲレンデで滑っていただけの時には全く見えなかったものが、どんどん目に飛び込んでくる。


冬山を旅する楽しみ。最高だった。。


以来、人と雪山に出かけることはなく、ゲレンデスキーとは縁を切った。


そうして、数年間、単独でバックカントリーを楽しむ月日が流れた。。



ところが、2年前、久しぶりに同僚たちに誘われてスキーに行くことになった。


もちろんゲレンデで滑るつもりはなかった。


現地では単独で山に入り、夕方下山して合流する毎日を送るつもりだった。


ところが、実際当日になってみると連日悪天候で入山することができず、結局、ずっと仲間たちとゲレンデスキーを楽しむことになった。


しかし、久しぶりにワイワイいいながらゲレンデを滑ると楽しかった。


たまにみんなとゲレンデスキーも悪くはないな。。


そんな気になってしまったのだ。


さて、そうなると、またもや先の外見だの見てくれが気になりだした。


上手くなろうとする。


最新の道具を手に入れようとする。


いつの間にかゲレンデで練習するようになっていた。。



今シーズンは相方を誘い出して滑りに行くことになった。


それなりに滑れると言っていたので、気楽に考えていた。


が、しかし、実際はブランクが長すぎて、滑りを忘れていたようだった。


彼女は根っからのスポーツマンだから、自分が上手く滑れないことを非常に悔しがった。


そこで、オレは酷いことを言ってしまった。


「悔しかったら、上手くなれ。」


もちろん彼女の負けず魂に火を付けるためだったが、ほんと酷いことを言ってしまった。


案の定、彼女は負けず嫌いだから、練習に励んだ。



先週、またもや彼女を誘い出し、一緒に滑りに行った。


でも、まだ完璧じゃないから、と言って、結局一緒に滑ることはなかった。。


もう屈辱は味わいたくないと思ったのだろう。



オレは、あの時の気持ちをすっかり忘れてしまっていた。


上手くなければ面白くない。


下手くそは格好悪い。


上級斜面だの、初級斜面だの。


そのつまらなさを実感したのは、このオレ自身ではなかったのか。



スキーやボードを見せるためのものと考えると、面白くなるまでそれなりの時間がかかるだろう。


でも、それにもいずれ飽きがくる。


限界もくる。


じゃぁ、その時点で終わりじゃないか。



スキーやボードはあくまで手段、ツールであって、楽しみは行動の中にあるんじゃないのか。


山の表情は、毎回違った顔を見せてくれる。


それを見るだけで十分楽しい。


旅なんだから。



ワイワイいいながら、飛んだり跳ねたり、滑ったり転んだりするのも楽しいじゃないか。


下手くそだって、なんだっていいんだ。


楽しけりゃいいんだから。



飛べなくったっていいから、ジャンプしてみよう。


滑れなくったっていいから、パウダーに飛び込んでみよう。


転けようが、ひっくりかえろうが、オートダイブしようが、自然と笑みがわいてくるはずだ。


起きあがったら、そこに自分と同じ形をした穴が空いているかもしれない。


そんな時は大笑いしてやればいいんだ。



そういやこないだ、調子こいて猛スピードでギャップに飛び込んだら、ものすごい高さまで飛んでしまって、思いっきりクラッシュ。


グローブから、ストックから、みんな飛んでって、頭から雪面に突っ込んだ。


しかも、リフトの下で。


でも、惨めさなんてなかった。


ただひたすら、笑いがこみあげてきて止まらなかった。


こんな興奮があるの忘れてた。



そうそう、別にゲレンデだからといって、必ずしも滑らなくちゃいけないって決まってない。


見晴らしのいいところまで登って、眺望を満喫するのもいい。


ちょっと林の中に分け入って、ネイチャーハイク気分もいい。


かわいらしい、動物の足跡がいっぱいあるかもしれない。


なんなら、そこで弁当広げてランチしてもいいし。


雪の上に大の字になってボーっと寝ころんで空を見上げるのいいかもね。



オレは、こんな単純なことを忘れかけていた。


マテリアルにとらわれ、滑りを追求し、上手く滑るためにはどうしたらいいかばかりに悩んでいた。


もちろん練習することが悪いわけではない。


上手くなれば行動範囲も増えるだろうし、危険回避能力も高まるだろう。


でも、せっかく時間とお金をかけて雪山に行くんだもの。


まずは、楽しむことを考えなくちゃいけない。


先に述べたように、オレたちは工場製品じゃないんだ。



さあ、もう一度あのころの気持ちに帰ろう。


単独でもグループでもいい。


雪山を楽しもう。


楽しい旅の思い出を残そう。


冬は寒いだけの季節じゃないんだ。

レミオロメン

昨日、TOUR 2008“Wonderful&Beautiful”の奈良公演のチケットを受け取りに行ってきた。


来週の大阪公演の座席がおもっくそ後で端っこだったので、今度こそはと思っていたのだが、


結果は。。。










というわけで、ど真ん中。


しかも迫り出し舞台を設営したなら、さらに前の1ブロックが消えるので、かなり好位置。


2回目でやっとゲトですな。



それはさておき、最近のレミオロメン、すっかり昔とは変わってしまった。。


今や、当初の苦渋の中から生まれた文学的楽曲はほとんど見る影もなくなってしまった。。


すっかり商業ベースに乗せられたチープな歌詞とメロディとごまかしのシンセとバックストリングス。。


たしかに簡単な歌詞は大衆ウケはするだろう。


しかし、それは単なるおもちゃで、そこに感動や共感は生まれない。


昔のレミオはこんなんではなかった。


どんな労苦を背負っても絶対に負けない力強さを楽曲に表現してくれた。


それにどれだけ勇気をもらったことか。。


たしかにあの頃の歌詞は、抽象的で難解であった。


しかし、だからこそ逆にイメージは無限大に広がり普遍性を持つことができた。


一度聴いただけでは、分からずに何度も何度も聴き込んだ。


でも、そうするうちに何とも言えない味わいが出たものだ。


また純粋な3ピースバンドのサウンドはシンプルで、彼らの鼓動がダイレクトに伝わったものだ。



今から1年半程前、確かに彼らは悩んでいたと思う。


メジャーになるにしたがい、世間の求めに応じるまま自分たちの音楽を封印していく苦悩は、「アイランド」によっ

て吐露された。


それを昨春の「茜空」で吹っ切り、求めに応じるまま新たに歩み出した彼ら。


「蛍」で少しは独自の芸術性を見せたとは言え、「眉山」にからんで、主演のM女史に「演技」している時は自分を捨てるんだとのアドバイスをもらい、見事に「役者」と化していってしまった。


「RUN」は酷かった。ついにイッてしまったかと思った。。


その後出る曲は、ほとんどK氏プロデュースに染めきられたであろうものばかりで、これじゃぁミス○ルとなんら変わらないじゃないかってものになってしまった。



オイラの好きなもの、それは素朴でシンプルだからこそ、美しく力強いもの。


アカペラしかり、テレマークしかり。


しかし、世間で認知され、メジャーになるほど、本来の素朴さは失われ、派手派手しくなっていく。


本来のアカペラは、人間の声だけで全てを表現するもの。


そこに技術的感動がある。


大衆ウケをねらって、ピアノを入れたり、パーカス、ベースに楽器を使ってしまえば、それはズルイ以外の何ものでもないと思う。


高速で滑走性能を高めるために、どんどんブーツのシェル高を高め、ビンディングをハードケーブルに変えていけば、本来の素朴な力強さはなくなり、技術も不要となる。


大衆の手に届くと言うことは、それは俗化したということ。


手つかずの大自然が美しいように、高嶺の花が美しいように、そんなに簡単に味わえてしまっては値打ちがなくなってしまうのではないだろうか。


何でもかんでも道路やロープウエイでアクセスすることしか考えなくなっては、つまらないのと同じだ。



というわけで、いよいよ来週、今の生レミオをこの目でしっかりと見てこようと思う。





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