黒木メイサ 1万5千人を前に悩殺初ライブ





碧く藍く 儚い夢の扉





5月22日(土)、黒木メイサが国立代々木競技場第一体育館にて開催された日本最大級のファッション&音楽イベント<Girls Award 2010>にて、自身初となるライブパフォーマンスを披露した。





碧く藍く 儚い夢の扉




1stシングルの「SHOCK -運命-」、そして6月2日に発売となる2ndシングル「5-FIVE-」の2曲を披露。全身ゴールドのセクシーな衣装で登場した瞬間、会場全体から大きな歓声が沸き起こり、初ライブがスタート。ダンサーとともに、イスを使った激しい悩殺パフォーマンスで、集まった1万5千人を魅了した。



黒木メイサ本人は、「ライブはとても緊張して、あっという間でした。何が起きてるかわからないくらいでしたが、楽しむことに集中しました。」と話す通り、初のライブが1万5千人の前という異例の状況ながら、集まったオーディエンスを大いに沸かせ、ライブを楽しむことができたようだ。また、「こんな大勢の前ですごく貴重な経験でした。次のライブに向けて、楽しみながらやっていきたいです!」と、早くも次のライブにも意欲的。



今回、初披露した6月2日に発売となる2ndシングル「5-FIVE-」は、「新曲は夏に向けた、老若男女を問わず皆で盛り上がれる曲です」と本人が話すとおり、「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ!」というフレーズが印象的な夏にぴったりなダンサブルチューン。CDリリースに先駆け、着うた(R)はすでに配信がスタートしている。








関ジャニ∞ 横山裕の母親急死! 客席に背を向けてバラードを捧げる




碧く藍く 儚い夢の扉






関ジャニ∞横山裕の最愛の母が急死。そんな哀しいニュースを5月22日発売の「スポーツ報知」が報じている。

 

記事によると、横山の母が亡くなったのは16日午前のこと。スーパーで買い物中に虚血性心疾患で突然倒れ、救急車で病院へと搬送されたが、そのまま帰らぬ人となったという。50歳、若すぎる死だった。


 

横山は現在、全国14カ所を巡るソロコンサート『横山YOUがヤっちゃいます~3 2010春』の真っ最中。母が亡くなった日も「仕事に穴はあけられないから」と16時からの青森公演を気丈につとめあげた。

「いつもの公演と同じように楽しいステージとMCで会場を盛り上げてくれていたんですが、『オニギシ』を歌う前くらいからヨコの言葉がなんとなくつまるようになって。いつになくまとまりがないまま『聴いてください、オニギシ。』とだけ言って、客席に背を向けちゃったんです」(青森公演に参加したファン)

 


この『オニギシ』という曲は、関ジャニ∞内ユニット「三兄弟」による名バラード。横山が作詞を担当し「女手ひとつで育ててくれたお母ちゃん」との愛情あふれるエピソードが、等身大の言葉で綴られている。



「歌の途中で『お母ちゃん、ボクは何してあげられた? 優しかった? もっと一緒に笑いたかったな。でももうそれも遅いんやな......』ってセリフがあるんですが、そのあたりからヨコが泣いて歌えなくなっちゃって。客席からの声援を受けてなんとかまた歌い始めたんですが、すごく苦しそうでした。結局、最後の最後までスクリーンの方を見たまま歌ってましたね。

 


4月頭の大阪公演のとき、ヨコのお母さんが会場に来ていて、ヨコが『反抗期のまま来てしまったから、(面と向かっては)よう言わんから言いますけど......元気でおってくれたら、それでいいです』って言って『オニギシ』歌いながら泣いちゃったって話を聞いてたから、てっきり今回も感動の涙かと思ってました。今思うと胸が張り裂けそうです」(同)

 


その後、翌日に青森で予定されていた『関ジャニ∞のジャニ勉』(関西テレビ)のロケを休んで帰宅し、通夜に参列したという横山。18日の告別式には関ジャニ∞のメンバーが全員参列し、横山母の死を悼んだという。ジャニーズ公式携帯サイト「Johnny's web」内の連載『よこやまゆうのにっき。』には、17日から19日まで毎日のようにファンや仲間へ向けての「ありがとう」という言葉が見当たり、22日には「いつも心のなかに。俺はいつまでも、これからも子供。いつまでも、これからも長男。頑張るを頑張る」「なんだってできる。なんだってやってやる。ちゃんと見ててや」と母に誓うように、メッセージをつづった。

 


以前から「ミナコ(※横山母の名)ってホントバカなんですよ~」「家ですっぽんぽんで出てきたりね。おっきいパンツはいてても、ミナコがはくとTバックになる」などなど、ことあるごとにお母さんをネタに笑いをとってきた横山。そのためミナコさんの名前はメンバーやファンの間でもお馴染みであり、今回のコンサートのMCでも「今度韓国旅行をプレゼントしてあげたい」と語るなど、その愛の深さは皆が知るところだった。

 


その後、19日からは『ジャニ勉』の収録に参加、ラジオ『レコメン』(文化放送)、PV撮影などの仕事を通常どおりにこなし、本日22日は愛媛、23日は広島、29~30日は名古屋とソロコンを続ける横山。


「ボクは"頑張る"を精一杯ガンバっているよ」

 


「オニギシ」の歌詞にもあるとおり、皆に夢を与えるアイドルとして、悲しみを隠して精一杯仕事に臨む彼の姿を、"ミナコさん"も天国から誇らしげに見守っているに違いない。



関ジャニ横山母が買い物中に急死・・・虚血性心疾患50歳



関ジャニ∞の横山裕(29)の母親が16日午前、虚血性心疾患のため急死していたことが21日、分かった。50歳だった。

 


関係者によると、母親は16日朝、地元・大阪で近所のスーパーマーケットに買い物に行った際、店内で倒れ、すぐに救急車で搬送されたが、病院に到着した時には心臓が停止している状態だった。懸命の治療が施されたが、同日午前11時51分に死亡が確認された。

 


横山は現在、全国ソロツアー中で、母親が亡くなった当日は午後4時から青森市民会館公演を予定していた。大きな持病もなく、亡くなる前日まで元気だったそうで、突然の訃報(ふほう)に横山は大きなショックを受けたものの、「仕事に穴は開けられない」として、予定通りに出演。クライマックスでは毎回、母への思いを歌にした自作の「オニギシ」を歌っているが、この日は途中で涙があふれ出し、歌えなくなった。

 


翌17日は青森で関西テレビ「関ジャニ∞のジャニ勉」のロケに参加する予定だったが、安田章大(25)、丸山隆平(26)に任せて母の元へ。夜に営まれた通夜に参列した。18日の告別式には関ジャニ∞のメンバーも全員参列。19日、大阪での「ジャニ勉」の収録から仕事復帰した。

 


横山は男3人兄弟の長男で、両親は幼いころに離婚。子供の頃、おにぎりと言えず「オニギシ」と呼んでいたことを歌った「オニギシ」は、女手一つで育ててくれた母への思いをストレートに込めた。

 


―オニギシが食べたいよ。オニギシしかだめなんだよ。生まれ変わったらまたオニギシを作ってね―

 


ツアーは22日から再開するが、悲しみを抱えながら横山は歌い続ける。

 



◆横山裕(よこやま・ゆう)1981年5月9日、大阪府生まれ。29歳。96年にジャニーズ事務所入り。関西ジャニーズJr.の中心メンバーとして活躍。02年に関ジャニ∞を結成し、04年8月に「浪花いろは節」でデビューした。07年からはソロコンサートも行っている。俳優としても日テレ系ドラマ「ザ・クイズショウ」「左目探偵EYE」などで活躍。






横山裕さん、母親の突然死、50歳という若さで、亡くなられたことは、とても悲しいことだと思います。


まさか、買い物中に急死されるとは、誰もが思ってなかったと思います。


母親の急死は、言葉では言い表せないけど、悲しみを乗り越えて、頑張ってくださいね。


ご冥福をお祈りします。











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