キンシャサは23の地区に分けられ、区ごとにプロレスのチームがひとつずつある。その中で最も盛んで強いとされているのがマテテ地区だ。この地区のチャンピオンでコンゴいちのプロレスラーと崇められ、黒魔術を使うと恐れられるエティングェの家を訪ねた。なんでも相手の内蔵をえぐり出して、それを食べるらしい。あいにく本人は留守だったが、弟子のひとりがこれから近くの練習場で子供にレスリングを教えると言うのでついて行った。練習場と言っても広場の片隅にビニールシートで作ったリングが敷かれてあるだけ。先生が来ると子供たちが輪になって”ボンジュール”と声を張り上げ、一礼をして練習は始まった。しばらくして、家に戻るとエディングェがいた。大物の風格があり口数は少ない。黒魔術のことを尋ねてみたが、土曜日に試合があるから来いと誘われただけだった。
当日、軍隊の敷地にある試合会場に向かったが、車の故障と大渋滞に見舞われ、加えてポリスや軍隊に何度も止められて言い掛かりをつけられ金をせがまれた。コンゴに外国人の自由はほとんどない。やっとの思いで会場にたどり着くと試合はすでに終わっていてチャンピオンの姿はなかった。落胆しているその時、悪魔のお導きか? 黒魔術を使うもうひとりのプロレスラー・オウトリシュ=リボマに出会い、取材アポをとりつけた。翌日、彼が住むリミテ地区の奥にあるポワロウというゲットーを訪ねると饒舌に語ってくれた。
「どうしてプロレスを選んだかって? 誰もが自分の生きる道を決めなきゃいけないだろ。なにもない自分が始められるのはレスリングだと思い決めた。毎日、身体を鍛え上げ、強靭な肉体と精神を身につけて金を稼ぐ。それにリングの上で闘ってもポリスに連行されないだろ? ただし、1試合してもギャラは最大で200ドル。1.5ドルなんて試合もあった。試合で稼げるのはたかがしれているから、軍隊とか消防士とかみんな別に仕事をしている」
そして、“内臓をえぐり出して食べる”という黒魔術プロレスについて話を振ると真面目な口ぶりで言葉を続けた。
「黒魔術については秘密だから多くは言えない。この国の人は精霊や祖先の魂と交流を持つことを信じている。人々が信じれば信じるほど、その力が増して現実化することもある。黒魔術は悪魔の仕業であると同時に力を得る手段なのだ」
今回実際に試合を観ることは叶わなかったが、自らを飾りたて独特の存在感を放つ多くのレスラーと出会うことができた。黒魔術の真偽はともかく、極貧の暮らしの中で闘うことに誇りを持つ彼らの姿を通して、この不条理な街で生き抜くブラックパワーを見せつけられたのは確かだ
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