YouTubeのしくみが、また変わったんだって。前は「どれだけ長く見てもらえたか」がいちばん大事だったらしいんだけど、いまは「見たあと、その人がどう感じたか」のほうが大事になってきてるみたい。最後まで見たかどうかより、もう一回見返したくなったか、また戻ってきたくなったか。そういう、気持ちの部分がちゃんと数えられるようになってきてるんだって。


わたし、それを聞いて、なんだかうれしくなっちゃった。


だって、たくさんの人に一瞬だけ見てもらうことより、ひとりの人の心にちゃんと残ることのほうが、絶対に価値があると思うから。見た目だけを飾りたてたものより、ちゃんと心がこもったもののほうが、最後にはちゃんと届くんだって、いつも思ってる。


AIでぱぱっと作られたものが増えてる、という話も聞いた。便利なのはわかるけど、それだけで中身のないものが量産されるのは、なんだかフェアじゃない気がする。ちゃんと手間をかけたもの、ちゃんと思いを込めたものが、ちゃんと見分けてもらえる。そういう仕組みに近づいてるなら、それはとても正しいことだと思う。


これから先、SNSもきっと同じ方向に向かうんじゃないかな。数を追いかけるより、「また会いたい」って思ってもらえるかどうか。派手さより、誠実さ。わたしも、ひとつひとつの発信を、ちゃんと心を込めて届けていきたいなって、あらためて思った日でした。


keiko

今日も素敵な一日となるように。

ニューヨークで暮らしていた頃、住んでいたアパートメントから3ブロックほど上がったところに、ニューヨーク近代美術館、MOMAがありました。近すぎて、かえって足が向かない場所ってありますよね。わたしにとって、しばらくはそんな存在でした。

きっかけは、「冬の華」という日本の映画でした。高倉健さん演じる、かつて任侠の心を持っていたヤクザが、何もないマンションの一室で、じっとシャガールの絵を眺めるシーンがあるんです。台詞もほとんどないその場面で、絵だけが静かに、けれど圧倒的な存在感を放っていました。わたしはその時、初めてシャガールという名前を知りました。あの時の存在感が忘れられなくて、それからしばらく、会う人ごとに「シャガールって知ってる?」と話していた気がします。まだ誰も、わたしが感じたシャガールの素晴らしさを、本当には知らないような気がしていました。

そしてようやく本物を見に、MOMAへ足を運びました。実際のシャガールは、思っていたよりもずっと大きくて、色彩の美しさと、想像していた以上の存在感に、思わず息を呑んでしまったのを覚えています。それからは、シャガールだけを見るために、何度もMOMAへ通いました。

 

わたしはシャガールの、あの浮遊感が好きです。人も、動物も、花嫁も、みんな重力から自由になって、空を飛んでいる。理屈じゃなくて、ただ心がふわりと持ち上げられるような、そんな絵でした。

 

今日も素敵な一日となるように

今日は、ある方から聞いたという不思議で、ちょっとくすっと笑えるお話をご紹介します。

お宅のベランダで、おたまじゃくしを育てていた方がいたそうです。足が生えてくる様子が可愛くて、「大丈夫、うちは3階だし、ベランダも広いから」と、カエルになってもそのまま飼い続けることにしたのだとか。実際、大きな水槽の中をすいすい泳ぐ姿を、その方は楽しみにしていたそうです。

 

ところが、ある日そのカエルが姿を消してしまいます。ちょうど同じ頃、ご近所の別のお宅では、飼っていた金魚がいなくなり、代わりに見知らぬカエルが水槽を泳いでいたというのです。金魚を飼っていた方は「猫に食べられたのかしら」「まさかこのカエルが……」と驚いていたそうですが、元のカエルの飼い主さんは、それが自分のところから逃げ出したカエルだとは、とうとう言い出せなかったのだそうです。

 

わたし、この話を聞いて、なんだかふふっと笑ってしまいました。カエルにしてみれば、ベランダから飛び出して、たまたま居心地の良さそうな水槽を見つけただけなのかもしれません。でも人間の側からすると、金魚が消えて代わりにカエルがいる、というのはずいぶん謎めいた出来事に映りますよね。

言えなかった気持ち、なんとなくわかる気もします。真実を話すと、なんだか気まずい空気になりそうで。小さな秘密をひとつ抱えたまま、日常はまた何事もなかったように続いていく。そういうのも、人と人との関係の面白いところなのかもしれません。

カエルは今頃、どこかでまた新しい水辺を見つけているのでしょうか。

 

今日も素敵な一日となるように。

今日はちょっと不思議な、それでいて怖いお話を読みました。

滋賀県の琵琶湖のほとりで、彦根・長浜・高島の3つの市をまたいで花火大会をするという企画があったそうです。「琵琶湖三市同時花火大会」という、なんだか壮大な響きの名前。去年の暮れにSNSで突然告知されて、チケットも有料で売られていたというのに、開催間近になって中止が発表されたのだとか。

わたしが驚いたのは、その中止の理由よりも、そもそも誰が主催していたのかがはっきりしないというところ。開催の許可も取っていなければ、会場も確保できていなかったらしく、関係するはずの3つの市はどこも「うちは関わっていない」と否定しているそうです。実行委員会のホームページからは連絡先の情報がすべて消えてしまっているというのだから、なんだか背筋がひやりとします。

 

日本には昔から、正体のわからない火にまつわる怪談がたくさんありますよね。鬼火とか、狐火とか、有明海の不知火とか。今回の記事は、そういう「怪火」の話になぞらえて、この花火大会の顛末を書いていました。夏らしい涼しい話のようでいて、実際に困っているのはチケットを買った人や、出店を申し込んだ人たち。お金が絡んでいるとしたら、笑い事では済みません。

わたし、こういう話を聞くと「正義感」がむくむくと湧いてきてしまうたちなんです。楽しみにしていた人たちの気持ちを、そんなふうに扱ってはいけないと思う。花火の光は一瞬で消えてしまうものだけれど、その一瞬を心待ちにしていた誰かの気持ちまで、消してしまっていいはずがありません。

正体不明の炎に振り回されないよう、わたしも夏の終わりまで、しっかり目を開けていようと思います。

 

今日も素敵な一日となるように。

今日、素敵な本の話を知りました。
 

お笑いの若林正恭さんという方と、國分功一郎さんという哲学の先生が、4年半もの間ずっと語り合ってきた対談が、一冊の本になるそうです。

タイトルを見ただけで、わたしは胸がきゅっとなりました。「目的もなく遊び続けろ」。

わたしはずっと、なんでも「なんのためにやるの?」って聞かれる世界が苦手でした。お姫様物語の中のお姫様たちは、誰かに褒められるためにお城の周りを歩いたりしないし、意味のない歌をふっと口ずさんだりする。それってきっと、すごく自由なことなんだと思います。

國分先生が「まえがき」で、二人の対談を「定点観測」と呼んでいたそうです。同じ場所に立って、同じ社会をずっと見つめ続けること。それは地味だけど、とても誠実な作業だなと感じました。

わたしは正義感が強いところがあって、世の中の「なんだかおかしいぞ」ということに、つい敏感になってしまいます。でもこの本のタイトルにある「違和感」という言葉を見て、少しほっとしました。おかしいと感じることを、おかしいままそっと持っていていいんだ、と思えたからです。

目的と手段だけで動く世界に、少しだけ抗ってみる。そんな9月が来るのを、楽しみにしています。


今日も素敵な一日となるように。

シニア世代のチアダンスが人気だという記事に出会いました。55歳から81歳まで、なかには86歳の方まで、ポンポンを手に笑顔で踊るチームがあるのだそうです。もともとダンス経験のない方も多いのに、仲間と声をかけあいながら振り付けを覚えて、年に一度の舞台に立つ。まるで学生時代の部活動のようで、青春そのものだと紹介されていました。
 

わたし、この話を読んで胸がきゅっとなりました。だって、「歳を重ねると、できないことばかり増えていく」ってよく言われるでしょう? でもこの方たちは、その逆をいっているんです。新しいことに挑戦して、「できるようになる」喜びを味わっている。舞台の袖からキラキラ踊る姿を見て「うれしい」と話していた代表の方の言葉が、とても印象に残りました。
 

記事の後半には、筑波大学と山口県立大学の研究チームが発表した調査結果も紹介されていました。運動を一人で行うより、仲間と一緒に行うほうが、認知症予防への効果が高いというお話。一人で運動する高齢者のほうが実は多いのに、仲間と運動する人のほうが認知機能の低下リスクをより下げていたのだそうです。数字で裏付けられると、なんだか妙に納得してしまいます。

 

わたしは踊ったことなんてほとんどないけれど、誰かと一緒に何かに向かって頑張るときのあの気持ち、少しはわかる気がします。一人だと「今日はいいか」って諦めそうになる日でも、仲間がいると「せっかくだから」って気持ちが湧いてくる。年齢って、そういう気持ちにはあまり関係ないのかもしれません。
 

今日も素敵な一日となるように。

昨日は神保町に行ってきました!
駅を出たらもう、そこは本の街。靖国通りにずらーっと古本屋さんが並んでいて、わたし、しばらく立ち止まって眺めちゃいました。

歴史の本、映画の本、美術の本……お店ごとに得意なジャンルが違っていて、まるでそれぞれのお店が自分だけの世界を持っているみたい。ワゴンに並んだ文庫本をひとつひとつ見ていたら、小さいころ夢中で読んでいたお姫様のお話に、そっくりな装丁の本を見つけたよ。表紙を見た瞬間、心がきゅっとなった。

新しくなった大きな書店さんにも寄ったよ。天井が高くて明るくて、歩いているだけで「もっと知らない世界を見てみたい」って気持ちになる場所だった。ふだん手に取らないジャンルの棚をのぞいてみたら、ちょっとだけ賢くなった気分。知らないことを知るって、やっぱり楽しいです。
 

歩き疲れたところで、山小屋みたいな雰囲気の老舗喫茶店でひと休み。コーヒーの香りと、さっき買った本のページをめくる時間の幸せなことといったら……。
 

古い本には、その本を大切にしてきた誰かの時間が、そのまま閉じ込められている気がするの。物語は昔のものでも、色あせない。むしろ時間が経つほど、宝物みたいに輝いて見えることがある。

今日も素敵な一日となるように。


keiko

こんにちは、keikoです☀️

きょうはちょっとワクワクするニュースを見つけました。東京藝術大学の大学美術館で、「藝大式美術の〝ミカタ〟」っていう展覧会が開催中なんです。タイトルからしてもう気になりますよね。
 

なんと、この展覧会、まるで本当に藝大の授業を受けているみたいに鑑賞できる仕掛けになっているんです。1限目、2限目……って講座ごとにコーナーが分かれていて、それぞれにちゃんと「シラバス」まで用意されているそう。「学ぶ」の語源は「まねぶ」から来ているっていう1限目のお話、わたし思わず「へえ〜!」ってなっちゃいました。
 

黒田清輝がレンブラントの名画を模写した作品や、国宝「源氏物語絵巻」を模写した大学院生の作品なんかも並んでいて、卒業生である藤田嗣治の作品も教材として展示されているんですって。名品を「見る」だけじゃなくて「学びのプロセス」として味わえるのが、この展覧会のいちばんの魅力なのかなあと思います。
 

わたしも美術のことをもっと知りたいなあって、いつも思っているんです。名画の背景にある想いや時代を知ると、絵の見え方がぐっと変わってくるんですよね。この展覧会、藝大を目指す人だけじゃなくて、絵をゆっくり味わいたい人にもぴったりだと思います。上野方面に行かれる予定のある方は、ちょっと足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?
 

わたしも美術館で「まねぶ」体験、してみたいなあ🎨
 

ではまた〜

大型で非常に強い台風13号が、父島の南東を進んでいるみたいです。高波と暴風に警戒って、ニュースで見ました。

東京も、この先の進路次第では影響がありそうです。まだ晴れてても、油断は禁物ですね。

それと、熊本のことも気になっています。地震のあと、まだ大変な思いをされている方が多い中で、台風の影響が重ならないといいなと。


こういう時って、なんとなくそわそわしません?窓の外はまだ何ともないのに、心の準備だけ先に始まる感じ。

ベランダのものを片付けたり、水や食料を少し多めに買っておいたり。特別なことじゃないけど、ちょっとした「備え」が安心につながる気がします。

 

keikoです。

今日はいつもみたいな話じゃなくて、少しだけ。

熊本の地震のあと、お店に戻るように言われて、それきり帰ってこなかった人がいます。まだ22歳だったそうです。

「帰ってこないんですよ」って、お母さんが泣きながら言ってたって。その言葉だけで、もう十分でした。

売上より、命の方が大事に決まってる。そんな当たり前のことが、当たり前にならなかった。

わたしにできることなんて、ここで手を合わせることくらいしかないけど。

どうか、安らかに。