一頭の牝馬が苦痛に悶えていた。

腸の一部が壊死しており、命の危機が迫っていた。

彼女の名前はキャンペーンガール。

お腹にはサンデーサイレンスの子を宿している。


『母馬はもう助からないだろう。でもせめて仔馬だけでも助けたい。』


そんな思いで牧場のスタッフは看病を続けてきたがもう限界だった。

これまでにないほどの苦しみ方をする母馬。

母親が死ねば仔馬の命も危ない。

そして予定日より少し早いが仔馬の命には代えられないと陣痛促進剤が投与された。


彼女を二重の痛みが襲う。

最後の力を振り絞って胎内の仔馬を生もうと力を入れた。

そして、仔馬が見えると最後は人間の手で引っ張り出された。


生まれたのは黒鹿毛の男の子だった。


すぐに乳母馬となる重種馬が手配された。

数時間後、乳母馬が到着したが気性が荒い馬で仔馬に乳を飲ませるどころか遠ざけようとしたため、やむを得ずスタッフは木製のやぐらを作り乳母馬を繋いだ。

仔馬が乳母馬の乳を飲めるようになった頃、キャンペーンガールはひっそりと息を引き取った。

自身の命と引き換えに仔馬に与えたものは『無事』という名の最大の愛だった。


仔馬は乳母馬を母と慕い、すくすく育っていった。


そして別れの時は突然やってきた。

血が繋がっていないとはいえ、約4ヶ月同じ馬房で過ごし、乳を飲み、一緒に放牧された2頭は最初の頃が嘘のようにれっきとした親子になっていた。


離された親子は互いを慕って数日間鳴き続けたが、やがて鳴くのをやめた。

乳母馬はレンタル会社に返還され2頭はもう2度と会うことは無かった。


2度も母の愛を奪われた仔馬だったが、2頭の母に勝るとも劣らない愛情を注ぐものが現れた。

仔馬の育成を担当したティナというニュージーランドから来た若い人間の女性だった。


キャンペーンガールの仔馬は人の言うことをよく聞く非常に扱いやすい馬だった。

育成段階に入るとさらに賢さを見せ、ティナが教えたことはすぐに理解し出来るようになった。

教えれば教えただけ成長する仔馬にティナは惚れ込み夢中になった。


ティナが担当していた馬はほかにもいたが、この仔馬ばかりに時間と手間をかけ他馬の事がおろそかになっていった。


代表がそろそろ本格的に走りを教えようと、ティナに馬に乗って走る指示を出した。


ティナは嬉しそうに馬に跨り走らせた。

馬はまるで遊んでいるかのように走っていた。


代表はこれでは調教にならないと注意しようとして時計を見て目を疑った。

1ハロン14秒。


『走り方とスピード感がまるっきり違う。

本気で走ったらどれだけ速くなるんだ。』


キャンペーンガールの仔馬の世話が生き甲斐にまでなっていたティナに5月突然の別れがやってきた。

大規模な育成牧場への移動。

入厩は秋を予定していたので10月か11月くらいまで一緒にいられると思っていたティナは納得がいかず泣いてすがった。

しかし、調教師とオーナーの意向ではどうしようもなかった。


『仔馬を強くするためなんだ。』


泣きじゃくるティナから無理やり引き離された仔馬は、馬運車に乗せられ牧場を後にした。



(-未来の優駿に愛情を注いだ2頭の母馬と1人の女性-より抜粋)



そしてその仔馬はさらに成長し、デビューすると



武豊騎手に少年の頃からの夢、日本ダービーの栄冠を初めてプレゼントした。






翌年、宝塚記念、有馬記念で最大のライバルであるグラスワンダーの2着に敗れるも、春の天皇賞、秋の天皇賞、5カ国4頭のダービー馬が集結したジャパンカップを勝利した。



その仔馬の名前は




『スペシャルウィーク』



シーザリオやG1 6勝ブエナビスタら娘達がスペシャルウィークのキャンペーンガールの血をしっかり後世に遺していますよ。



—————————————————


昨日は心配していたスカーレットテイルが無事ゴールドシップの子を出産しました。

1月31日からずっと24時間彼女の様子がライブ配信されていていて、”今日生まれそう”のサムネイルが続くもなかなか生まれず、やがて”仔馬に問題がある時は画面が切り替わります”とリスクを匂わせる文言に変わり、肝心の出産の時はリアルタイムのライブはありませんでした。


同じ牧場で先に出産したママさんはライブで出産が配信され、生んだ後はママが仔馬の前で何度も軽く前足を上げて『こうやって立つんだよ。』と教えているような仕草をしていましたが、生まれた後に配信されたスカーレットテイルの動画はお産も人間が付きっきりで仔馬の足が出てきたら引っ張ったりして手助けしていましたし、産後母体はぐったりしてしばらく立ち上がることが出来ませんでした。

そして生まれてきた仔馬は黒くて大きな男の子でした。

顔の真ん中の流星の模様がスペシャルウィークによく似ています。

今は母子共に元気そうでひとまず安心です。