亡くなった卒業生ヘラルは、21日にバングラに帰れることになった。
あの日から、Hは本当によくやった。
辛い中でも、友人を国に帰すために見ているこちらが泣きそうになるくらい頑張っていた。
私もできる限りHを伴走したくて
Hを乗せて警察署にヘラルを迎えに行き
葬儀場に一晩預かってもらい
翌朝、飛行機で東京へ送って
最後まで見送る事ができた。
今回これだけ早く帰すことができたのは
Hたちが大使館に働きかけた結果だ。
どんなにHが問い合わせても
家族でない私たちには、ヘラルの引き取りさえできなかった。
大使館が間に入ると、その日のうちに警察署から引き渡されることになった。
葬儀社の方が、整えてくれたヘラルは
穏やかな顔になっていた。
処置室で見た姿はあまりにも衝撃的で
私はHの最後の記憶に残るヘラルの顔があの状態では、あまりに可哀想だったから
最後に少し穏やかな顔を見ることができてよかった。
Hは、ほとんど寝る暇もなく
大使館や警察、モスクや家族からのやり取りをしていた。
空港の中まで送ることができるのは、1人だけだというので、Hが代表で見送ることになった。
葬儀社まで2人で向かう車の中
Hは疲弊していた。
本当によく頑張ったね。
あと少し、最後まで頑張ろうね。
という私に
コミュニティの問題、家族の問題
関係ない人たちからのクレームや問い合わせで
本当に自分の国が嫌になりましたと言った。
純粋にヘラルのためだけに動いてくれたのは、先生たちだけだと。
日本人には、計り知れないものがあるのは見ていてわかった。
けど、私はHの責任感の強さと優しさは
本物だって心から関心したよ。
辛い時にどうするかで本当のその人が分かる。
Hは、偉かった。
難儀をする人が貧乏くじを引くなんて、私は嫌だ。Hは、絶対私が成功させると改めて思った。
1日休んだHが学校に来た日に
ネパールの学生が、話があるから駐車場に来て欲しいとHに電話が入った。
何かな?今H大変なんだけどなあと思っていた。
駐車場から戻ってきたHの手には袋があって
「ウザワルが、先生は昨日から何も食べていないとバングラの友達から聞いたので持ってきましたって、フルーツやお菓子を持ってきてくれました」と
Hが久しぶりに微笑んだ。
優しいなぁ。ウチの学生。可愛い奴らだ。
人は人に傷つけられるけれど
また人を癒してくれるのも人…。
良かったね。
日頃のHがあるからやってきた優しさだね。
間違ってない。
誰かがやらなきゃいけないこと。
殆どの人は、同情だけで動かない。
動いていいんだよ。
誰が動かなくたって。
間違ってない。
私はと言うと、明日は引越し。
昨年12月の水漏れ工事がやっと終わって、ようやく始めての自分の家に今回は落ち着けるはず。
まだまだ片付けが終わらず、今日寝れるのか私(笑)