この価値観が完全に出来上がったのは

きっと姉が旅立った後の

家族関係にあったと思う

 

自分でも

姉の死に対して責任を感じていたけど

 

母親からも

毎日のように責められていた

 

そして

「どうして〇〇ちゃんだったの!!!」

「どうして〇〇ちゃんが死ななくてはいけなかったの!!!」

という言葉を母から聞かされる度に

 

私は

「どうしてKeikoじゃなったの?」

「Keikoだったらよかったのに」

と変換していたんだよね…

 

そんな環境の中に約2年~3年いたからか

自分はどうがんばっても愛されない

愛される価値がないんだ

となっていったのかもな

 

そして

逃げるようにして

立科の家に引っ越したんだよね

 

自然が好きだからとか

この家に住むのが夢だったからとか

言っていたけど

 

一番の理由は

母親から逃げたかったから

だったよ…

 

でもね~今回

母の言葉を冷静に思い出してみて

「どうしてKeikoじゃなったの?」

「Keikoだったらよかったのに」

なんて一言も言ってないんだよね

 

だとしたら

どうして母親はあのような言葉を

いつも発していたのか…

 

本当は私や父親ではなくて

ただただ自分を責めていた

のかも

 

そう思えたんだよね

そうしたら

 

もしかして

私は愛されてもいいのかな??

と思った瞬間に

 

また涙腺崩壊(笑)すると共に

今までどれだけの愛を

シャットアウトしてきたのか~!!

ってぐらい

 

私がたくさんの人たちから愛されていた映像が

どんどんと流れてくるの

 

あの時もこの時も

みんな純粋に私を愛してくれていた


なのに今までの私は……

拒否拒絶疑惑?


もう恥ずかしくて恥ずかしくて

仕方なかった


大声で

ごめんなさ~い!!

って叫んだよね💦(笑)

 

愛される価値がない

 

この価値観は

今まで感じたことのない

たくさんの愛のシャワーを

全身に浴びながら

崩壊していったよ~♡

 

実際にその後…


友達とランチに行っても

リラックスしてるし

むちゃくちゃおしゃべりKeiko

になってきている(笑)

 

面白いな~照れ