くじらけいこのブログにお訪ねいただきありがとうございます。


パート5です。

かきたい事、思いの丈がいっぱいで、長くなってしまいます。

どうぞ、お付き合いください。

七夕の日に、成田に到着しました。

父母が、車でお迎えの手筈でしたが、待てど暮らせど、来ない。

父は時間にとても、正確で、20分30分前には、うっかり早めについているときがあります。

おーや。らしくない。

弟の携帯にかけると、母が、出てきました。

私との連絡用に母がかりていました。。

向かう途中、車が故障。

運ばれて、修理工場にいるとのこと。

荷物は、着払いの宅配で、送って、バスで来なさい。

故障はすぐ直せないよう。

父母も、おうちへリターンするとの事。

私の腹が、かなり大きく育ち、おもたい。

車の中で、眠りたかったです。

でも、アクシデントだし、だんなさんに事情を説明して、宅配預けました。

バスの売り場で、上に張った時刻表を見ていました。

どのルートで行こうか。眠たい頭に、お迎えなしのがっかり感。 おうちまでの道のりを手配しなくっちゃ。

そこへ、だんなさんがやたら話しかけてきました。よく覚えてないですが、別に緊急なことでなかったようにだったと思います。

ちょっと、いま、時刻表見てるから。話すの待って。と言ったら、彼が怒り出しました。日本表現だと、ふざけんな。てめぇ。見たいな感じ。

もともと、我ながら、聞き取りの能力はいいのです。

だんなさんは、当時 あんまり外人と話すのに配慮が感じられないところがあり、小さな声で、早口にそして、はやり言葉などを沢山織り込んで話すので、聞き取りづらいのでした。

朦朧とした頭には、どこか、なんか話し出したよ。疲れてるから、今、相手したくないな。と言った気持ちが、正直ありました。

もう耐えられナーい。私は、逆切れしました。

黙ってもらえかったので、チケットを買い、両替したお金も渡し、実家の住所をメモにかいて、そしていいました。

いま、一緒にいたくないので、私は、私で、実家に向かう。 カルロス君もこれでたどり着いてください。

聞いて、人に尋ねていけばたどり着けるから。

いま、振り返ると、なんとも、激しいやり方だなあ。我ながら。

ですが、私のその時の状況、身体や気持ちの思いやりを感じず、たえられませんでした。

そこから、逃げ去りたくなりました。

その後、バスのり場で、離れて待ちながら私は涙をだらだらと流していました。

バスに無言で乗り込み、彼は私の後ろの席に座ってました。

私から見ると。反省してくれたと言う風でなく、だらだら泣いてるのを哀れに思ってくれたのか。

泣かないで。などとボソッといわれました。で、顔みたら、下唇を噛み締めていました。

私は、だいたい22週目ぐらいでした。明日、出産かというような大きなお腹を抱えてました。

何とか、よる8時くらいかな父母宅にたどり着けました。



ここまで、お読みいただきありがとうございました。


くじらけいこ