天正10年(1582年) 6月2日 本能寺の変が!


主君 織田信長が討たれたのだ・・・


配下のものたちは右往左往・・・


そんな騒動の最中、蒲生家は冷静に行動をするのでした。



今回の、ブロガーによる歴史発信 

ブロガーツア-「大地の遺産」

「本能寺の変直後の蒲生氏郷の足跡周辺を訪ねて」



先ずは、


残った妻子たちを 安土城からどうやって逃げださせるか


 地元蒲生出身の 蒲生家が 直ぐにも動き出したのです。



本能寺の変  当時、蒲生賢秀は安土城を守っていました。


安土城内を鎮め、息子の氏郷を 安土街道の「南腰越峠」(みなみこしごえとうげ)まで迎えに呼び寄せ


信長妻子を 翌日 脱出させたのでした。


安土街道 安土~八日市 


その後、


御代参街道(ごだいさんかいどう) 

東海道と中山道を短絡するバイパス


八日市~日野 

 

蒲生の日野の居城へ退きました。




   まとめ 目次


2. 信楽院  



5. 音羽城

6. 日野城下 お食事、お土産
     http://ameblo.jp/keijinya/entry-11584810965.html


「安土の変」直後の 蒲生氏郷 の足跡周辺を訪ねて


歴史を感じてみますか

近江と伊勢を結ぶ山越え伊勢路のひとつ「仁正寺越え」交通の要所

日野川を眼下に望む 山城

応仁の乱の頃 蒲生定秀により築城とされています。

貞秀が亡くなった後の跡目争いが勃発
孫の秀紀 VS 息子の高郷

大永2年(1522年)高郷が包囲し、
8か月の籠城後、秀紀は降伏
音羽城は廃城となりました。

この後、蒲生家は中野城が居城、
秀紀は鎌掛城へ移る。


歴史を感じてみますか


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明治・大正以降に トロッコが入る。
堀ではないのだ。
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カエル


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