■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】9月第2週 総集編 


 
 【小説・経営コンサルタント竹根の起業日記】は、10年のサラリーマン生活をしてきた竹根好助35歳の経営コンサルタントとしての独立起業日記です。
 これから経営コンサルタントとして独立起業しようと考えている人の参考となることを願い、経営コンサルタントとしての実践を経験的に語るつもりです。

【 注 】
 ここに記載されていることは実在の企業とは何ら関係ありません。


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 経営コンサルタント起業日記を読むポイント

 日記の主であります私(竹根)は、35歳の商社マンです。産業機械部第一課課長、2013年4月1日に経営コンサルタントという職業に関心を持ちました。
 最近、部長とぶつかることが多い竹根である。商社の限界を感じたり、経営コンサルティング業による社会貢献のすばらしさがわかってきたり、ついにはヘッドハンターからコンタクトがあったりと揺れ動く竹根。サラリーマンを辞めるのでしょうか、それとも、別な道があるのでしょうか。
 毎日20時30分頃発信しています。ただし、一部は翌朝の発行となることもあります。



 
九月八日 報告書の最終準備

 午前中は、いつもの日曜日。

 家に戻ると、明日常務に報告する資料を見直した。一〇〇ページを超える報告書になった。

 ワープロソフトの機能を使うと、図版の差し替えや削除、追加をしても、図表番号が自動的に修正される便利さを改めて実感した。

 日曜日というのに平葉女史も自宅で付き合ってくれ、クラウドを利用しながら、資料データのやりとりをした。ICT技術の革命の恩恵である。

 夕方には、何とか資料が完成、後は、以下に報告をするのか、考えた。

九月九日 常務への報告と部長

 販売管理システムの分析結果を常務に報告するのが今日の午前十時の予定だったので、常務室を訪問する前に念のために確認をした。部長にも、再確認の意味で、平葉女史と二人で常務に報告する旨を伝えた。相変わらずの反応である。

 彼女と緊張しながら、秘書に誘われて常務室に入った。電話の最中であったが、構わないという常務の対応であった。

 一〇〇ページを超える資料に常務が驚いた。先ず、全体概要を伝えると、常務が資料をパラパラと見だした。その間五分にも満たない時間であったが、何か問題を指摘されるかとドキドキした。

 じっくりと見させてもらうと、ねぎらいの言葉とともに言われて、常務室を辞去した。二人でホッとするとともに、今後どのようなリアクションがあるのか、気になると話して部屋に戻った。

 部長がポツネンと天井を見ていた。

 常務に提出した旨を報告し、概要を説明したいと言うと、事前に部長に内容報告をしてから常務のところに持って行くべきではないかと、叱責された。

 常務からの特命業務であるので、それが会社機密かもしれないこともあり、報告しなかったのが気に入らないらしい。

九月十日 前半主義

 九月に入って、すでに十日持ってしまっている。進捗管理システムを見ると、月次計画総額に対しては三六%であるので、月の三分の一を経過した時点ではまずまずの達成率である。

 しかし、先日日本経営士協会の営業・マーケティング講座で理事長がおっしゃっていた「前半主義」という考えで作成した月次計画線に対しては大幅に未達成な状態である。

 前半主義というのは、期間の三分の一を経過した時点で当該期間の計画値の八〇%を、三分の二を経過した時点で、計画値をクリアしていなければならないという考え方である。すなわち残りの期間では、将来のための布石を打つことに重点をおく営業パターンである。

 なぜ、前半主義による計画線に未達なのか、個人別に数字を見ることにした。いつもながら、達成度の高い部下と、相変わらず低迷している部下が明確に分かれた。

 常務に提出する営業データ分析に私の気持ちがシフトしすぎたことを思い知らされた。

九月十一日 前半主義の徹底

 昨日確認した当月の状況の中間報告を部長にしたところ、そこそこの達成度であることに満足した様子であった。私が前半主義の考え方でやっているので、現段階ではまだまだであるというコメントを付けると、目をシロクロさせていた。

 前半主義という言葉の意味がわからないのであろうが、プライドが高いので、その意味を訊ねようともしないので、意地悪く何も言わずに部長席を辞去した。

 成績の悪い部下には、早めに帰社するように指示を出していたので、十六時には待機していたが、当該者のうちの一人がようやく十七時近くに返ってきた。成績の悪い部下に共通しているのは、時間のルーズさ、上司の指示を守らないなど、共通している面があることに気がついた。これも先日の協会で受講した営業・マーケティング講座のおかげである。

 それから、なぜ未達なのかの追求を二一時過ぎまでやった。

 自分では、原因追及の方法が何となく中途半端な気がした。

九月十二日 呼び出し

 高校時代の先輩である竹之下経営の畑上さんから電話が来た。竹之下社長が会いたいというので、十四日午後二時に東京本社に来て欲しいという内容である。

 カリスマ的な存在で、マスコミにもしばしば採り上げられている社長が直々に会うと言うのであるからには、先方は相当乗り気なのであろう。こちらはその気にはなっていない状態であっても良いのだろうか。

 夜は、日本経営士協会の知修塾が開催されるので参加。問題解決手法5回開催の最終回であった。全ての回を参加したわけではないが、何となく経営コンサルタントが企業が抱える問題・課題に取り組む姿勢の一端が見えてきたような気がする。

九月十三日 紙折機

 昨日の畑上さんからの電話のことが気になる。天下の竹之下経営の社長が直々に会いたいというのである。中途半端な気持ちで逢って良いものなのかどうか。

 午後、匠製本製作所という会社の専務取締役という人が訪ねてきた。

 白髪の品のよい人である。同社は、製本機械の専門メーカーで、今後海外展開をしたいという。私は、印刷機械はこれまでも輸出入とも手がけて来たが、製本機械はあまり馴染みがないというと、丁寧に説明をしてくれた。とりわけ紙折機は、製品の精度の高さでは、海外メーカーには絶対に負けないというのである。

 とりあえず来週訪問する約束をし、検討のためにカタログと国内定価表をもらった。

 専務さんが帰られてから、そのカタログとパラパラと見出したが、どの機械もださいデザインである。ネットで、関連メーカーのサイトを見るとこの会社のレパートリーの広さがわかる。

 精度のことを言っていたが、カタログ上では差はなさそうである。

九月一四日 職業適性検査

 今日は、兄弟のようにしていた従弟の命日である。アニメーションの世界ではちょっと名の知れている彼が三年前に夭逝してしまった。合掌

 そんな今日、気の進まないまま、竹之下経営東京本社のある神田駅に着いた。まだ決意ができていないので気が進まず、重い足を引きずりながら受付に行った。土曜日というのに、活気がある。奥にある副社長が私の姿を見ると飛んできた。八十歳近いと見受けられるが、飛ぶほどではないまでの、身軽な動きである。経営コンサルティングは、健康が第一であるとおっしゃっていたことを思い出した。

 早速副社長に先導されて社長室に入った。

 やや小太り気味ではありながら、細面の顔、黒々とした髪をオールバックにしている。ソファーにかけるように促してから、ちょっと待っていて欲しいと言われた。仕事の切れ目の良いところで、彼の机からソファーに移動してきた。

 経営コンサルタント業界の現状と、竹之下経営という会社の立ち位置など、結構率直な話を熱を入れて話してくれた。竹之下ほどのコンサルティング・ファームというのは、大企業のためにあるのかと思っていたら、中小企業に重点をいていると言うし、彼らのコンサルティングにたいする必要性の高さを事例を交えながら紹介してくれた。

 一時間近くがあっという間に経った。

 その後、別室で竹之下経営式の職業適性検査を受けることになった。B4サイズの用紙に、質問文がずらっと3ページにわたって記述され、それを4段階評価で回答するのである。似たような質問が時々出て来る。最後の回答が終わったところで検査用紙が回収された。

 これで適性がわかるのだろうかという思いを残して帰宅した。親友で同期の秋元に、経過報告を電話でした。

 

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