育て直しをすると決めた時、
仕事を持ち働く母親であればすぐにぶつかる課題が
「仕事を辞めるべきか、続けるべきか」
である。
育て直しにおいては、子どもを他人には預けずに母親が24時間付きっきりで見ること、
つまり、基本的には「仕事が無い」状態を求められる。
その背景にある片岡先生の考えは、自閉症類似が発症する前提には、母親との愛着形成不全があるというものだ。
子どもには、生来的に母親に対する愛着が備わっていて、コミュニケーション能力は母親が乳幼児期に子どもに応答することで育つ。
ところが、それをテレビ任せにしてしまうと、母親とのコミュニケーションがとれずに言葉が遅れる、という。
また、何とかして療育施設や保育園で言語が身についたとしても、母親との愛着関係を定着させないと、社会性は育たない。
社会性が育たなければ、いわゆる高機能自閉症になる。
これを回避する為には、丸一日、子どもと一対一で過ごし、愛着を回復させることが必要だ。療育の職員や保育士では不可能で、母親でなければならない。
私は、深く悩んだ。
大学卒業後、ずっと正社員で働いている。
今は時短勤務だが、決して、仕事が嫌いだからではない。
単純に、通勤時間が長くて、保育園のお迎えが間に合わないから、というだけだ。
むしろ、仕事をしている自分が好き。
キャリアについても、よく考えている。
失敗は多くて、とても順風満帆なキャリアとは言えないけど。
仕事に関連する努力や勉強も割と好んで取り組んだりする。
無職なんて、想像できない。
そんな私に、容赦なく片岡先生は
「次は、仕事を辞めてから連絡してきてください」と言い放った。
辞めない方法としては、「休職」という制度がある。
私が所属する部門でも数人がその制度を利用している。
ただ、その取得理由は、残念ながらほぼ全員がメンタルヘルス(鬱)だ。
通常、鬱の場合は、心療内科での医師の診断および診断書があり、職場と相談をした上で休職に至る。
つまり、制度自体はあっても、簡単には使えない、というのが実態だ。
制度を使う方向に踏み切るには、相当の勇気と覚悟だけでなく、理由の正当性を証明できる何かも必要となる。
もし休職するとした場合、周囲にどう説明するのだろう?
「息子の発達が遅れているから休職したい」?
それで、職場の理解は得られるのか?
また、その場合は職場の全員に、私が息子の発達の遅れで悩んでいることを打ち明けることにもなる。
通常、かなりセンシティブな情報だ。
復職した時にまで考えると、自分のそのバックグラウンドまで周囲に知れ渡っている状態になるが、それは仕事しやすいか?し辛いか?
そもそも、一般的に見ると、息子の発達遅延と、母親の休職の必要性は紐付くものなのか?
療育ではなく、母親が24時間付きっきりで見る必要性をどう説明するのか?
その対応をすれば、確実に治る保証はあるのか?
仕事をせずに取り組んだら治るのか、仕事を続けながら取り組んだら治らないのか?
更には、仕事をしない自分は24時間子どもの為に捧げられるか?
24時間付きっきりというのは、相当疲れるはず。
人に依るかもしれないが、私は、子どもと離れて、自分を大切にする時間があるからこそ、子どもを可愛いと思えて大切に出来る、と思う。
仕事を失い、収入も失い、子育てに失敗したという負のレッテルを背負いながら自分を押し殺して24時間子どもの為に捧げること。
夫の収入のみで生活をやりくりすることになれば、これまでに培ってきた家族のバランスを大きく崩す。
きっと、自信喪失して滅入る。
そんな自分が、環境が変化して、癇癪を起こしまくる息子に24時間寄り添えるのだろうか。
場合によっては、これをきっかけに自分自身が鬱になる懸念すらある…。
息子の発達の為に、
私は全てを諦めないといけないのか…。
全てを失うのか…。
息子の発達と、自分の人生やキャリアを天秤にかける、ということは、
辞めるにせよ、続けるにせよ、いずれも苦しい選択となる。
悩んだ末、私の結論は、「仕事を続けながら育て直しに取り組む」こととした。
これが正解かどうかは、分からない。
しかし、自分の選んだ選択肢を正解にする為の努力をするしかない。