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パンダが振り返る重賞レース

JRA(中央競馬)の重賞レースを回顧します。ぶっちゃけ未来につながる予想用備忘録です。

1993年のエリザベス女王杯(GI)芝2400mには二頭のベガが出走していました。一頭はベガ。もう一頭はホクトベガです。レースは人気薄のホクトベガの勝利となりました。2着はノースフライト。3着はベガです。ところが、多くの競馬ファンはホクトベガといえば、ダートホースではないかと思うのではないでしょうか。

当時、ホクトベガが出走するのは芝のレースが中心でした。ダートに転向したのは、3年間、芝のレースでは思うように勝つことが出来なかったためです。しかし、ダートに転向してからは怒濤の7連勝を記録しました。ホクトベガはJRA最優秀ダートホースとして表彰されています。では、93年のエリザベス女王杯を振り返りましょう。

揃ってのスタート。各馬、先行争いをする中、ホクトベガは中団からやや後方に待機です。ベガやノースフライトも中団でした。レース中盤では一頭が逃げて中団グループが固まるといったレース展開となりました。ホクトベガは後方からの差し勝負といったところ。直線前では18頭がほぼ固まった状態で直線へとなだれこんでいきます。

直線ではほとんどの馬のリードがなくなり、激しい叩き合いが行われます。ベガやノースフライが加速して先頭との距離を縮めていきます。さらに、内からはホクトベガが突っ込んで来ます。ゴール前、追い込んで来たホクトベガが先頭に立つと後続馬を引き離してそのままゴールしました。
日本では敵なしの名馬でも、海外の強豪馬相手にどこまで戦えるのかはわりと未知数です。特にフランス競馬のGI競争では日本馬は中々勝つことができません。しかし、1998年にそのフランスのモーリス・ド・ゲスト賞(GI)芝1300mで、日本馬で初の快挙を成し遂げた馬がいます。それがシーキングザパールです。

この98年はシーキングザパール、ライバルのタイキシャトルの海外遠征が話題を呼びました。しかも、タイキシャトルも、ジャック・ル・マロワ賞(GI)を制覇しています。これは、シーキングザパールが勝った翌週です。初にはなりませんでしたがとてつもない快挙といえましょう。今回はこのモーリス・ド・ゲスト賞を振り返ります。

スタート直後から、シーキングザパールはいつも戦法を捨てて逃げに徹します。日本の競馬なら直線でスタートしてその後、カーブとなるわけですが、このレースはスタートからゴールまでずっと直線しかありません。

シーキングザパールは国内では差しが多かったわけですが、芝1300mという短距離レースでしたので、逃げても十分なスタミナがあったはずです。また、直線だけしかありませんので、日本での勝ちパターンが通じないということでしょうか。逃げが1番わかりやすい作戦だったといえます。その後、順調に逃げていくシーキングザパール。ゴール前も先頭をキープして鮮やかに逃げ切り勝ちです。
競走馬は大きく分けて、早熟、普通、晩成と3つのタイプがあります。この3つのタイプはそれぞれピーク時が異なるため、強い馬でも2歳の新馬戦で勝てなくて、3歳で遅れてデビューといったパターンも多く見られます。ところが晩成タイプでも、ピークの年齢時にはかなり個体差があります。今回紹介する「カンパニー」は8歳の秋にピークを迎えたというとんでもない馬です。

生涯成績は35戦12勝。勝率はそれほど良くありませんが、8歳となった2009年の秋、毎日王冠(GⅡ)、天皇賞・秋(GI)、マイルCS(G1)と三連勝。しかも、そのライバル馬はあの7冠馬のウォッカですから、決して楽な相手ではありませんでした。今回は毎日王冠を振り返りましょう。

ウォッカが好スタートで早くも先頭にたちます。カンパニーは中団グループ。元々は追い込み馬だったのですが、2008年辺りから、差しもできるようなり、レースに幅が広がっていることにも注目です。ウォッカはいつものように逃げ。7冠馬であるウォッカにとっては絶好のレース展開が続きます。直線前、ウォッカが先頭で、カンパニーは中団と変わらず、そのまま直線コースへと入ります。

先頭はウォッカ。リードは2馬身ほどあり他の馬も中々追いつけない。しかし、大外からカンパニーが追い込んで来る。勝負はこの二頭の一騎打ち。そして、カンパニーがゴール前でウォッカを見事かわして勝利しました。

史上二頭目、無敗で三冠馬となったディープインパクト。2歳新馬、若葉S、弥生賞(G3)と3連勝。そして、乗り込んできたのが三冠を目指す馬にとって最初の試練となる皐月賞(GI)です。その皐月賞でのスタートにおいて、ディープインパクトは出遅れて後方、大外に回ったにも関わらず、直線では無類の強さを発揮しました。

決して他の馬が弱かったわけではありません。例えば、2着に入ったアドマイヤジャパンはディープインパクトさえいなければ、もっと勝率を上げていた馬でした。ディープインパクトのライバル馬として有名ですが、一度も勝つことは出来ませんでした。綺羅星の如く現れたディープインパクトの前にはどの馬も霞んでしまう。それだけこの馬は凄かったのです。では、レースを振り返りましょう。

ばらけたスタート。ディープインパクトは出遅れてしまい、後方からのレースとなりました。それから少しずつ追い上げていきます。レース中盤、ディープインパクトは中団。そして、大外から回り込んできていよいよ直線へと入ります。

直線では前の馬が粘っていましたが、後ろから一気に駆け抜けていくのがディープインパクト。本当に後方にいたのか疑うほど驚異的な末脚で、後続馬を引き離していきます。強い。まさに圧倒的。第一の難関である皐月賞を無敗の4連勝で制覇。ディープインパクトの伝説はここから始まったのです。
東京優駿(日本ダービー)というものはGIの中でも特別な気がします。それは、競馬ファンだけではなく、馬主や騎手にとっても特別なレースだと思います。ダービーに出走するだけでも年に一度の大勝負。勝つ馬に乗れる確率はさらに低くなります。

そして、地方出身騎手でダービーに勝つことは無理だと言われていた時代がありました。それは、過去に70回開催されて一度も勝てていなかったからです。

ところが、そのような常識を覆す時がやってきました。それが2004年の第71回の東京優駿。勝ったのはNHKマイルカップ(GI)を圧勝して堂々乗り込んできたキングカメハメハ、地方競馬出身の安藤勝己騎手です。では、レースを振り返ります。

スタートはすこしばらつきます。1番人気はキングカメハメハでしたが、もう一頭コスモバルクも注目されていました。先頭はマイネルマクロスが逃げて、その大きく後ろに後続馬が続きます。コスモバルクは3番手。キングカメハメハは中団よりやや前。1000mの通過タイムは58秒切るという速いペースです。

直線前、コスモバルクが早くも上がってきて先頭に立つと場内から大観戦があがります。さらに後方からキングカメカメハが馬群の真ん中を突っ切っていきます。直線でコスモバルクが力尽き、追い上げてきたキングカメハメハが先頭に。激しい叩き合いから抜けだし、そのままダービーを制覇しました。