この夏、古本屋の料理本棚から拾ってとても興味をもった本です。
ヒトはそれぞれ固有の腸内細菌群(腸内フローラ)を持っていて、その構成は幼少期に決まり、一生変わらないのだそうです。
その腸内フローラが十分な餌を与えられ、ストレス(睡眠や生活習慣の乱れ)なく繁茂すると、宿主であるそのヒトの情緒や意欲が安定し、ガンや糖尿病といった病気への免疫力が高まるといいます。
ひょっとすると、そのヒトの個性、芸術家タイプだとか実業家タイプだとか、は腸内フローラによって形成されている可能性もあるのだとか。
自分らしく、とは腸内フローラの声に耳を澄ますことなのかも知れません。
腸内フローラの状態を改善するためには、食事が最も大切だそうです。
納豆やヨーグルトといった発酵食品、野菜類の食物繊維が腸内フローラの餌になるので、毎日摂ることが必要なんだって。
若者の貧困についての番組で、食費を1回100円で済ませている大学生が紹介されていました。
大変なんだと同情する一方で、やろうと思えばできるんだとの感心、尊敬さえ覚えました。
1回100円ということは、1日300円であり、1月9000円ということです。
私の10分の1ではないか。
というより、私は10倍もかけていたのか!
ここ1ヶ月くらい自炊をし、食費についてあれこれ考えています。
外食、内食(買ってきたものを自宅で食べる)でいちばん高いのは、ご飯ではないでしょうか。
コンビニ弁当や、コンビニおにぎりなどで1食分のご飯は150円位に設定されています。
でも、ご飯を炊くと、お米二キロ800円でおにぎりが50個くらい作れます。
1食あたり16円、外食の十分のいちです!
これを思うと、食堂で食事をするなんて考えられなくなります。
私だけかもしれないけれど、食事以外にドリンク剤を乱用し過ぎていました。
これは、食事からちゃんと栄養素を摂っていないからであり、ドリンク剤は食費の延長線上にあるものです。
ある日の私。
朝、食事の時アミノ酸系の医薬品を30CC飲む。300円相当。
出社後、目がショボショボするとの理由で、エナジードリンク飲用。210円。
昼食後、午後の気合い(?)を入れるため、リポビ…Dを飲用。160円
朝、ビタミンCの錠剤も飲んでいました。50円相当。
合計で720円!
ほとんど1食分かかっています。
1ヶ月にすると二万円くらいにのぼる、驚異的な額です。
食事からちゃんと栄養素を摂っていないと、間食に手を出してしまいます。
スナック菓子、ナッツ類、柿の種(新潟らしい!)、アイスクリーム。
寝がけの時間帯に食べるので、それも良くない。
食事からちゃんと栄養素を摂らない習慣は、食事に時間を掛けない習慣にもなってしまっています。
食事に時間を掛けないとは、よくかまずに飲み込むだけの食事であり、丼もの中心の、カロリーは高いが栄養素は摂れていない食事です。
いろいろと並べてしまいましたが、不健康なことにお金を費やし、拍車がかかっていく毎日だったと思います。
会社の仕事以外にも稼がねばならないので、作業時間の捻出ばかり考えていて、食事に意識や時間をあててこれなかったとの私の事情あれど、ちょっと別収入あるとの慢心がドリンク剤により目先の症状、疲労感を取り除くことだけに向かい、根っこのところの改善には向かっていなかったということです。
調理時間だって、材料さえあれば15~20分くらいです。食堂へ行くまでの時間、待ち時間の範囲内です。
疲れた、を食事や睡眠、運動量の改善から根本的に改善することなく、1本の、いや365本のドリンク剤で解決できたと思ってしまうこと。
手軽な解決に目を奪われ、本当の敵を見失ってきたなと思います。
写真は古書店で見つけた料理本。参考になる~!
日曜日の夕方、今宵も砂丘館へ。
坂田清子展、開催中です。
韓国の詩人の作品、オリジナルはハングルですが、を日本語に翻訳する作業を視角化したインスタレーション。写真中央。
日本語の言葉ひとつひとつに対応するハングルがあるように、ヒトとして同じであり、わかりあえる感情を持つ者同士のはず…。
とのメッセージを受け取りました。
さて、私は毎週のように砂丘館に来てしまいますが、その理由ともなりそうなお話し。
どんな音楽が心に良いか、難しく言うと自律神経を安定させるのはどんな音楽か、について。
キーワードは、リフレイン、ノスタルジー、音域が狭いことなんだそうです。
砂丘館はちょっと古い和式の造りで、旧暦にちなんだしつらえを週がわりで展示しています。
それが私にとってとても心地よく、落ち着けるのです。
胎内星まつりに行きました。
サイエンスあり、オカルトあり、ゆるキャラ(やらニャン)おり、コンサートあり、落語あり。
まぁ老若男女誰もがどれかを楽しめる、良くできたイベントでしたね。
コアはやはり天文ファンで、全国から泊まりがけで集まって来ている様子でした。なんといっても、天体の観望がいちばんの目的ですから。
会場には国内の天文機器メーカーがたくさんブースを出し、個人観測用の最新機器が体験できるようになっていました。
残念ながら、宵の時間帯は天候に恵まれず、楽しみにしていた観望はできませんでしたが、そのかわり、星空寄席との落語を聴くことができました。外の星から見た地球みたいなお話しでしたね。
さて、会場にはいろいろなサイエンスが紹介されていましたが、私にとって興味深かったのは、ヒト型ロボットのペッパーくんです。
近い将来、ペッパーのようなヒト型ロボットが一家に一台いや一人に一台置かれるようになると思います。
家に帰ると、「そろそろ魚料理を食べたほうがいいですよ」とか言ってくれそうです。
さらに50年くらいしたら、こちらがなにも言わなくとも最適な夕食の支度をして待っていてくれるかもしれません。
目的のあることについては人間より優れているロボット(人口知能)にとりかこまれた人間は、人間の存在意義がどこにあるのかについて頭を抱えているような気がします。
ヒトの頭や心の働きは、かなりの部分と時間をその人が経験した過去の記憶の反復と再評価に費やしているのだそうです。
その記憶が本人を否定するもの、本人の存在を脅かすものであれば、それはストレスとなり、その記憶が本人を肯定するものであれば、癒しにもなります。
ロボットにはそんなしち面倒くさいシステムは今のところ不要でしょう。
では、なぜそんな仕組みをヒトは持っているのか。
前進、進歩よりもむしろ変化することへの畏れ、抑制こそが人間性ではないか。
普通のひと、凡人がたくさんいることのほうがヒトという種が生き延びるためには必要なのではないか。
この限られた星のなかで種が存続するためには、ひとつひとつの個体は愚かで、傷つきやすく、たかだか数十年で交代するように仕組まれているのではないか。
ロボット(人口知能)はどこで抑えるか、が究極の課題となるのか。
地球のサイズが宿命なのか…。
星まつり、なので浮世離れしてしまいましたね。(苦笑)
写真はゆるキャラのやらニャン、そしてペッパーくんです。(ペッパーくんは良く撮せませんでした)
今回も書店回りに明け暮れ、休みは終わりました。
今回は、杉浦日向子本を探すのがテーマ。
百日紅などの漫画、食についてのエッセイ、文芸書の追悼特集号などを入手しました。
新刊書店の定価で買うのでなく、なるべく古書店で買うようにしています。
杉浦本の、食に関する本に触発され、古書店の料理本の棚をよく見るようになりました。
何冊かを買い求め、拾い読みするうちに、我が身の貧しき食事情は多摩川の防衛ラインを突破したシン・ゴジラくらいに差し迫った存亡の危機である、との認識に至ることに。
新潟に戻り、ほとんど機能喪失状態にあった台所というものを片付け、お米や野菜の買い出しに走っています。
今年の夏は展開急のようです。
写真は出湯温泉上空。夏は空が高いですね。



























