有元利夫「天空の音楽」展をめぐって。
有元さんは、私がいちばん好きな画家です。
懐かしく、遥かなイメージは、私の帰るべき場所のように思っています。
この夏、回顧展(没後25年)が開催され、久々に彼の作品と再会することができました。
そして、有元さんが自身の絵画世界に、戦略的と言っていいくらいの構築性をもたせようと腐心していたことを改めて感じました。
それは、ヒトを磨耗してゆくリアルな社会と、真っ向から対決しているように思うのです。
リアルな社会のなかで、私の仕事はといえば、事象を特定し、原因を特定し、という作業を繰り返し。
また、ヒトとヒトとの関係は、すぐにうつろい、消えていってしまうものです。
いつしか、同じことの繰り返しに思え、期待しなくなり、わずらわしいとだけしか感じられなくなっています。
有元さんの作品では…。
手は描き込まれず、足は隠され、多くの場合登場人物はひとりで、ヒト同士の関係性は描かれません。
登場人物の動作は特定されず、物語は進行を意図的に止められています。
リアルな社会では、動き出した物語は止めることができず、すぐに終わりまでいってしまい、それが物語(あるいは他人)に興味を持てない原因なのですが。
そういうことを有元さんはよく知っていて、それとは反対の絵画世界をつくろうと思ったのではないでしょうか。