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今週末も生け花を見に行きました。
真夏はシーズンオフなのかもしれないけれど、イベントをやっていました。
蓮を生けた作品が目を引きました。
あえて盛りの花や葉を使わずに、傷んだ葉や、枯れた花を使う。
そうすることで、時間の経過や、無名性が含意されてくる。
こんなにもメッセージをこめるこができるんだ、と感嘆します。
以前の自分の記事を見直してみて、改めてこんなことが好きなんだな、と気づきます。
その一つが、生け花。
新潟に4年いました。「砂丘館」という建物が公開されていて、そこに行くといつも花が
生けられており、とても癒されました。毎週末行ってたんじゃないかな。
最近、その生け花がある華道家の方がおひとりで生けられていることを知り、とても
驚いています。
都内で生け花が見られるところはどこだろう、と思い探したところ、真夏にもかかわらず
催しを見つけ、行ってきました。
特に気に入ったのは、「存在の果て」と題した作品群です。
題にインスピレーションを得て、それぞれの作家が生けたのだと会場係の方が丁寧に説明くださいました。
そして、そのインスピレーションは、花器の陶芸作家が唱えたものだとか。
世の終わり、だけど生き残って咲く名もない野の花。
夏休みが終わる、夏が終わる・・・終わらないか、今年は暑いので。
さて、今日もレースを見に行きます。
①中京7R 15時25分 ③番へ単、複。
②札幌11R 15時45分 ➄番 こちらは見るだけの予定。
この前、書いたのいつだったかな?
もう、5年経っていた。
何で再会(開)したの、とかは追って書くつもりです、書きたいな、書けるかなです。
先ずは、今日開いた目的を達しようと思います。
それは、記録のため。
夏休みが終わろうとしていて、この週末は少し息抜きしたいなと思いました。
1週間の夏休みで、行政書士試験のテキストを約7割今日までに通読できましたので、
(これを書いておかないと、ただの過ごしてしまったかのようです)
これからレースを見に行こうと思います。
でも、レースはひとつだけに絞ろうと思っています。
候補は3レースあります。
そして、見終わって帰ってきたら、私がどうだったのか、正直に記録したい。
想定できるのは、何人かのわたし。
1.着いたとたんに、残りのレースすべてを見、ベットする私。
2.約束通り見るのは3レースだったけれど、3レースすべてにベットする私。
3.約束通り3レース見て、1レースのみにベットする私。
4.ベットする1レースのみ見て、ベットする私。
5.ベットする1レースのみ見るが、ベットせず見ているだけの私。
6.この後、気が変わり見に行きもしない私。
さて、どの私になるのか。
それでは、候補の3レースとベット予定のレースとは。(時間順)
①15時35分 中京7R ⑤番→ベット予定、単・複
②16時20分 新潟8R ⑦番
③16時55分 新潟9R ⑫番
さて、どうなることやら。
京王線府中駅から南方向へ5分ほど歩いたところに普門寺というお寺があります。
そこにはとても大きなイチョウの樹があります。
場所は、府中駅から東京競馬場の正門に至る歩道沿いで、言ってみればまあ、「私のおけら街道」沿いということです。
このイチョウの樹はとでも霊験あらたかであり、競馬場への行きがけに立ち止まって眺めたり、時によっては幹をさすったりすると、
その日は的中に恵まれるというのが私のジンクスになっています。
ご利益が最大になる日には、とても気持ちが落ち着いて馬券など買わなくてもよいという気持ちになったりします。
そういう日は、場内の軽食店食べ歩きだけで帰ってきたりします。
「眺めるだけで賭けない(見)」ことこそ究極の必勝法なのですね。
こんにちは。
前回の記事から3年余り経ってしまいました。
ずっと再開しようと思っていましたが、できませんでした。
緊急事態宣言あって通勤時間分だけ時間が空きました。
ならば、ということでひっそりと再開いたします。
続けてくださっているひとに再会できてうれしいです。
ひとけがなくて、静かで、だけどかつてたくさんのひとが行き交ったような記憶のある場所が好きだ。
絵が掛かっていて、花が生けられていたら言うことなし…!
転勤が決まり、砂丘館は今日が最後です。
何回も来たけど、初めてラウンジでコーヒーを頼んでみました。
苦味がまさっていて、どこか新潟市美術館にある喫茶店と似ているような気がします。
運営者が同じとか。
まぁ、いづれにしてもとてもマイナーなことだけど。
これから館内をひとまわりして、帰ったらまた荷造りの続きをします。











