みなさんこんにちはKeiです。
救命救急センターが設置されている病院で医療ソーシャルワーカーとして働いている社会福祉士8年目です。
社会福祉士取得後、最速で認定医療ソーシャルワーカーと救急認定ソーシャルワーカーを取得しました。
毎月5,000PV以上のソーシャルワーク関連のブログやX (フォロワー1,900人以上)などを発信しています。
クライエントから不信感を向けられた瞬間というのは、刃物でえぐられるような感覚です。
その場が過ぎても、もやもやが納まらないこともあれば、ふと夜中に思い出して眠れなくなることもあります。
認定医療ソーシャルワーカーであろうと、救急認定ソーシャルワーカーであろうと、患者さんへ不信感を抱かせてしまうことはあります。
「インフォメーション(情報)」よりも「エモーション(感情)」の時代へ
かつて社会は、科学・エビデンス・合理性といった論理で動いていました。
医療の世界は顕著に現れており、結論を導くための根拠を揃えれば人は動くと信じられていました。
一方で、現代社会においては世界は二極化し、人々の暮らしと心理状態は同じ方向を向かなくなっています。
特に、救急医療の現場で露骨に現れているのは、「貧困ではない人」と「貧困者」の格差による分断です。
#相対的貧困
これからの時代、個々が自らの判断軸を持ち、何が「正しいか」、何が「間違っているか」を自分で見定める必要性が高まります。
その中で、客観的な科学や論理は以前ほどの効力を発揮できなくなっているのです。
#理屈では通用しないことばかり
ひとつの要因として、「貧困でない人」と「貧困者」の格差による社会的プレッシャーによって、人々の客観的に物事を判断する力が変化していることが挙げられます。
人間は、生存の危機・孤独・不安といった「危機」の状況に陥ると、認知力が大きく低下することが知られています。
#非行に走ったり
#自殺を考えたり
たとえば、IQは10ポイント近く下がると言われています。感覚的には強い酒を飲んだときに近い状態です。
そんな頭と心で未来を考えろと言われても難しいでしょうし、制度の説明が頭に入ってくるはずありません。
そんな危機介入を要する状況では、長期的なアセスメントを要する心理社会的アプローチよりも、「いましんどいからなんとかして」といった問題を短期的に解決する危機介入アプローチのほうが圧倒的に有効なんです。
私は救急医療の現場で、危機介入アプローチの重要性を実感しています。
医療の知識や社会保障制度、支援ルートを示せることは確かに武器になりますが、その武器がクライエントに向けば、安心ではなく「攻撃」に見えてしまいます。
助けるために差し出した手が、患者さんの目には「奪いに来た手」に映ることさえあるんです。
「多様性」「ソーシャルインクルージョン」「機械の平等」……
これらの理念を掲げることは正しいですし、言葉としても価値としても疑いようはありません。
一方で、家の電気が止まり明日の食費に怯える人にとっては、理念ではなく「今日の現実と向き合う」ほうがはるかに重いのです。
『エビデンスや制度説明といった「インフォメーション(情報)」がいくら正しくても、クライエントの「エモーション(感情)」が満たされないと行動しない』
これは、救急医療ソーシャルワークを通じて学んだ教訓です。
「インフォメーション(情報)」は患者さんを導くことができますが、心がすり減った患者さんにはじめにアプローチするのは、エモーション(感情)への理解です。
「理解してほしい」「見捨てないでほしい」「生きていいと信じたい」といった叫びのほうが、制度より先に存在しています。
そこを見落とした瞬間に、ソーシャルワーカーではなくなってしまいます。
