三國連太郎と沖浦和光の「芸能と差別の深層」を読んでみた。対談で分かりやすいが、もっと深入りしたくなったので、感想も含めて日記として書いてみたいと思った。ここまで考えて、また読み直すと奥が深い。歴史上、知らなかったことも沢山あって興味が広がるのだ。
自分の無知を恥じる。

1876年、日朝修好条規
1879年、琉球処分
「両者に対する日本政府の対応もよくにていて、それが今日まで大きな「カゲ」を落としている。」三國連太郎
まず、このくだりに躓いた。

「日朝修好条規は、日本が朝鮮の開国を求め、締結させた条約で日本の一方的な領事裁判権を定め、朝鮮の関税自主権を認めないなど、不平等なものであった。」デジタル大辞泉

「明治政府が琉球に対し、清への冊封関係の廃止を求め、武力を背景に強制的に日本へ統合した過程をいう。1879年琉球藩を廃し、沖縄県がおかれることとなった。」デジタル大辞泉

清への冊封は琉球が清国へ貢物を船で届け、その見返りに貢物以上の物品を賜ったらしい。結構、利益になる制度だったらしい。それなのに日本は、琉球の自由貿易の道をとざし自分のものにしたんだね。1870年代に日本は朝鮮の関税自主権を奪い、琉球藩の貿易の自由を奪った。
この事実を先ずは押さえたい。