「なにをー‼️ やるかー⁉️」
高齢男性が席から立ち上がり
もう一人に向かっていきみかえった。


******


二人がけの"優先席"に
始発から座っていた高齢男性Aの隣に
途中からもう一人の高齢男性Bが乗って来て座った。

そこには
黒い平べったい書類カバンが置かれていて
Bはそれを無視して座り
そのカバンを邪魔とばかりAの脇に推しやった。


その途端
Aはいきりたって先のセリフを吐いたのだった。


「一人でも多くのお客様がお座りになれるよう
座席にはお荷物を置かないでください。」

バスでは繰り返し流れるアナウンス。
Bはそれを盾に取って
「荷物を置いておいた方が悪いんだろ!」

Aは反論する。
「座る前に一言挨拶するべきだろう!」
Bも怯まず
「じゃ お前は座る時バス中の人に挨拶したのか⁉️」

いやはやイイ年寄り(失礼!)が
まるで子供のケンカのような応酬である。

一番近くにいた高齢の婦人は
恐れをなして席を移動した。

運転手は
「大声で話すのはやめてください」
「危ないので席に座ってください」
とアナウンス。

先に冷静になったらしいBがバスを降りた。
其処は降りる予定のバス停ではなかったかもしれない。

Aは敵を失い
すぐに腰を下ろし
また隣にそのカバンを置いた。

そして終点。


心許ない足取りで私の前を行くAは
ダークネイビーのフラノブレザーにグレーのズボン。
そのズボンがなんとも細身でぴったりで
かなり短め。
柄の靴下が見えるのは彼のこだわりなのだろう。
細い足首の先の靴は茶色のローファー。

大昔一世を風靡した若者のアイビースタイルだ。





細い小柄なAの背中は大きく湾曲していた。
前のめりに行くのはそのせいか。
もし大柄なBが本気を出したら
ひとたまりもなく吹っ飛ばされて
尻餅をついていたろう。


ターミナル駅で乗り換えたバスの
優先席は縦並びだった。
コレなら先のようなトラブルは起こりようもない。



だが私は知っている。
彼は騒ぎの前から"怒り"を内在させていたのだということを。

Aはその騒ぎの前まで
そのカバンを胸に抱き
ファスナーを開けては中を確かめ
財布を取り出して
壊れているらしいファスナーに
ボールペンを差し込んで開け
中身を確かめてまた閉める
そんな不審な動作を繰り返していて

真横の婦人に向かって
「何を見てるんだ⁉️
何も入ってねえぞ‼️」
と怒鳴り
彼女が身体を硬くしていたことを。


彼のブレザーには
不釣り合いなほど大きくゴージャスなエンブレムが付いていて
白いワイシャツには濃紺の細いネクタイが締められていた。

私は彼の
年齢に不似合いな服装が気になって
彼の目の届かない斜め後ろからチラチラと
様子を盗み見ていたのだった。

細く削げた顔は生気がなく
(ついでに言えば髪も細々と頼りなく)
始発の病院前から乗って来たところをみると
持病があるのだろう。
カバンから薬の袋を幾つか出して
確かめたりもし
その際何かメダルのようなものを取り落として
それを探し拾ったりもしていたのだ。


Bがバスに乗り込んできたのは
Aが実に落ち着かない振る舞いの果てに
ようやくカバンを傍らに置いたところだったのだ。



彼の内には
たくさんの"怒り"が潜んでいるのだろう。


理不尽な社会に?
自分を尊重しない他者に?
情愛薄い家族に?
そして思うままにならない自分にも?



「年寄り笑うな行く道じゃもの」
いつ頃からか
それを自戒の言葉としている。

もちろん笑いはしないが
彼を反面教師として
怒り💢を溜めずに生きていきたいと思う。

一触即発の
4分間ほどのドラマだった。




無事、孫と仕事場にいる。
出かける前の段取りが悪くて
大急ぎで決めたコーディネートは
なんだか今ひとつ。



オーバーサイズで暖かいのが取り柄の絞り着物。
それでも黒地の八寸帯は装いの締め役を
果たしてくれているようだ。

昨日よりさらに気温が下がるというので
春コートを羽織って来た。

二枚のちりめんの着尺でリバーシブル仕立てに
してもらったので
飽きっぽいけいあゆには最適。


今日はダークなパープルを表に。




応接間に掛けた作家芹澤光治良(こうじろう)氏の色紙額は
祖母の料亭旅館に遺されていたもの。

半世紀近く前祖母からもらって
今ここにある。


この文言がしみじみ身に沁みる年齢になった。