「凛とした人たち~People on the globe~」第二回は、ミャンマーの村々で巡回診療をしている医師名知仁子(なちさとこ)さんです。



現在代表を務めているNPO「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)」を立ち上げたのが2011年。それ以前は、国境なき医師団のメンバーとして、ミャンマーからタイに逃れてきたカレン族難民やイラク戦争によるクルド人難民などへの医療活動にあたっていました。

私が名知さんとお会いする機会を得たのは昨年5月。大変失礼ながら、どんな活動をされているのか詳しく理解していませんでした。「今度定例会があるから」とボランティアさんの一人(この方もたまたま知人に紹介されて初対面)に声をかけていただき、ひとまず出席。そこでミャンマーにいる名知さんとスカイプ越しで初対面しました。

名知さんの印象…実はずっと表現できずにいました。パワーが強すぎて、まるでカメラのフラッシュを見たときみたいに光って見えなかったんです。とにかく実直な方で、今にいたった経緯を聞くとご本人はしれっとお話されますがかなりの波瀾万丈っぷりで…。

しかし、ようやく分かりました。名知さんのすごさ。最悪の状況にいながらもそのときの自分に何ができるか、それを考えそれを全うする。そして結果的に自分が望む道をぐいぐいと引き寄せる。
とりわけ、国境なき医師団にチャレンジしようと大学病院を退職した直後、原因不明の病で下半身が動かず4ヶ月間寝たきりとなったとき。病室の天井だけを眺めながら「なぜ私が、なぜ今このタイミングで」と嘆き続けたそうです。しかし、3ヶ月が経ち、ふっと「私は下半身は動かなくても幸いにして手が動くし脳もしっかりしている。神様は私にこれで何かをしろと言っているんだ」と。すると不思議なことに下半身が徐々に動くようになりリハビリを経て、希望通り国境なき医師団への道を歩み始めました。(入団面接についても名知さんらしい奮闘があるのですが文字数の都合上ここでは割愛します)



現在、名知さんが活動しているのはヤンゴンの西にある12の村。このエリアは外国人は事前に政府の許可を得ていないと入ることができません。村民のほとんどは田畑を回って日雇いで働いており日当はおよそ200円。病院などはなく、医師に診て欲しかったら数日かけて歩いていくしかありません。

「アジア最後のフロンティア」と呼ばれ、外国企業の進出が相次ぎ、ヤンゴンは工事現場だらけ。しかし人口の70%は依然として農村部で生活しており、日本の17倍の子供が5歳までに命を落としています(*1)。私たちが日本で目にする「経済成長著しい新興国」の映像はごくごく一部です。


(2015年10月 ヤンゴン)


(名知さん活動地域の村)

名知さんは、国境なき医師団時代、血液検査もレントゲンも、脚気を調べるハンマーさえもない地域で、聴診器ひとつで患者と向き合うことの重さを強く感じました。10年勤めた大学病院を辞めようと決心した理由も「”病気"を診るのではなく”人"を診たい」と思ったからだそうです。

そんな名知さんが思い描く未来像は、ミャンマーの人たちが自分たちで考え生活を向上させていく姿。名知さんのところにやってくる人たちの大半は栄養不良が原因です。米が主食なのですが、農村部ではまさに米しか食べない、おかずがないのがほとんどだそうです。それは経済的にも習慣的にも。そのためせっかく治療をしてもまたすぐ栄養不良で病気になってしまう。その負のサイクルを断ち切るために、名知さんは医療活動のほか、衛生・栄養指導と家庭菜園指導にも力を注いでいます。手を洗うことの大切さ、食事のバランスの大切さを丁寧に教え、自作した野菜を食べるようになれば食生活が向上して病気を避けられると伝えています。

名知さんの言葉で私が一番心に残っているのは「ミャンマーの人たちの平均寿命が65歳なんです。今、私は52歳。彼らの平均寿命を目標に、あと10年ちょっと、精一杯がんばって彼らが自立する社会を作りたいんです」。

まもなく政権交代があり、ますます世界から注目され、変革の大波の中にいるミャンマー。しかし、名知さんにとっては外の環境の変化はさほど大きな問題ではないのだと思います。彼女の目に写っているのはミャンマーの人たちそのものです。

【参考】
(*1) UNICEF
http://www.unicef.org/infobycountry/myanmar_statistics.html
http://www.unicef.org/infobycountry/japan_statistics.html

【関連URL】
NPO「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)」
http://mfcg.or.jp

NHKラジオ「ラジオ深夜便」
2016年1月7日放送(ウェブ掲載は2月9日までのようです)
http://www.nhk.or.jp/shinyabin/jyoyou.html