陰陽の世界で幸せを創る法則
今年最後のブログとなりました。
今日なこんな話。
昨日の朝のこと。
毎朝の習慣で神棚のお水を取り替えて手を合わせようとしたその瞬間。
一瞬で、ある思考が降りてきて(ひらめいて)
「そういうことか!」と
フリーズしてしまいました。
一昨日、親戚との電話で
「KEIKOは自分が疲れていたり、困り事があっても、他人には関係ないことだからと、誰にでも笑顔で接することが出来るし不機嫌を撒き散らしたりしないだろ?僕もそうだよ。でも、それが出来ない人もいるんだよね 」
との話になり
誰のことかというと、身内のお嬢さん。
生まれながらにいろんなものを・・・よい環境や経済力のある家に生まれ、容姿淡麗でファッションセンス抜群、優しいお母さんがいて、十分に満たされているお嬢さん。
なのに、大人になって不満ばかりでいつも不機嫌。いろんな人に助けてもらっているのに感謝の気持ちを表すことがなく、してもらって当然、とばかりに自分の不機嫌を容赦なく周りに表現してしまう。
どうして?
与えられるのは当然の権利と思ってるってこと?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一晩明けて昨日の朝。いつものように神棚に向かって二礼二拍手一拝と手を合わせた瞬間に…
ハッ!と息を呑む
「何も持っていなかったからよかったんだよ」
との言葉が降りてきました。
そう、それは私のことです。
私が何も持ってなかったことが良かったのだ、と。
手を合わせたままフリーズし
涙がドボドボドボ・・・
ドボドボドボドボ・・
◇
私はこの親戚のお嬢さんと全く逆で、子供の頃から無いものだらけ。
9歳から大好きな父とは離れて暮らし、母親は母親としての役割を果たしてくれず家事一切は私の仕事。やってもやっても怒られてばかり。好きな洋服を選ぶ権利がなく、同級生に流行のソックス1つ、髪留め1つ、買うことを許されません。
髪型はベリーショートの刈り上げを強制されて小学校6年生まで過ごさなければならず、5年生で163センチの長身でその髪型はとても目立ち、とっても屈辱的でした(T ^ T)ビエーン
中学生から肩まで伸ばすことを許されましたが、ジーンズはNG。高校生になっても友達との街へのお出かけもダメ。
テレビも自由に見る権利はなく、やっと手に入れた漫画も母の機嫌1つでビリビリに破かれたり、レコードを折られる。
自分の意見なんて口にしたことがありませんでした。
だから、大学生になって自由を手に入れたとき、オシャレが全くわからず本当に困ったし、ぎこちない人間関係にも困ったし、自分が何が好きなのかもよくわからず、心の中に溢れる寂しさや悲しさにも困っていました。
無い無い尽くし。
だから無いものを一つ一つ自分の手で手に入れたり、作り上げるしかなく、それこそ必死でした。
不機嫌で周りに迷惑かけてる暇なんてなかった。一刻も早く楽になりたかったから。
◇
神棚の前で瞬間的に降ってきた
「何もなかったから良かったんだよ」
との言葉は
「自分の手で手に入れてきたからこそ良かったんだ」
「ただ一方的に与えられ過ぎることは、幸福とは言えない」
というのです。
無いものばかりだったから、一つ一つのことがどれだけ有難いか、当たり前なんて1つもないのだということや、「ある」ということがどれだけ奇跡的なのか、とても大きな気付きの連続でした。
自分で手に入れたものは宝物になります。
手に入れた物よりも、手に入れる過程で右往左往しながら得た知識や経験が私を育て、糧になりました。
努力で手に入らないものだってあります。
どんなに努力をしても得られないもの。
じゃどうするの?恨むの?妬むの?ひがむの?自己憐憫?自分の気持ちをどこに置くべきか、それも簡単ではない大きな学びとなりました。
あって当然のものなんて何一つないと気付きます。
無いから不幸だってこともない。
まさに実感。自分で感じること。
「ある」とは、すべてが奇跡
「最初からあったら、努力することもなく、実感を伴わず、奇跡に気づくことがなかったでしょ?」と昨日の神棚前での「閃きさん」は教えてくれました。
だから今は、家でゆっくりするだけで幸せだし、窓から光が射すだけでも、夜空を見上げるだけでも幸せ、好きなご飯を作るのも、好きなように趣味ができることも、年齢に関係なく好きなオシャレができることもウキウキです。
毎日朝からご機嫌で、猫がニャーとなくのも、ベランダの花が咲くのも、愛がダダ漏れで何にでも話しかけます。お部屋やトイレの神様にも。
そして不思議なことに、今年は3回くらい…
突然、ふとした瞬間に
「この人生の全ての出来事が
ものすごく楽しかった!
苦労も、全部、全部、全部、
ほんっとうに、楽しかった!
お母さん、ありがとう」
との気持ちがドワーッと身体中に溢れてくる瞬間がありました。
そっか・・楽しかったんだ。
困難さえ楽しかったんだ。
まるで舞台上のドラマを演じているようで
とても楽しかった。
ベランダでお花とレモン育てています。
葉を食べまくるアゲハの幼虫に困りながら
なんとか五匹を育てています。
危ない場所でサナギになるから避難場所へ
…来春に蝶になりますように
この「地球」という世界の物理次元は、
陰と陽で出来上がっています。
極端な二極の世界が必ずあるという事。
どちらか1つだけで満たされるということがありません。どうもそれがこの世のルールのようです。
スピリチュアルでも自己啓発でも、恵まれることばかりを求め、災難や苦労や困難がないこと良しとする傾向にあるし、私だって、恵まれて幸せで満たされることを願ってやまない
のだけど!
実際には、この世界を探究すればするほどに、この次元のすべてが「陰陽」「➕と➖」「正と負」で出来上がっているんだと実感します。
そして、すへてがフラクタル。
ふと、株式投資の世界なんかもそうだなぁ。。。と思いました。
リスクが大きいほうが、儲かるものも大きいんです。
リスクとは「振れ幅」のこと。大儲けする可能性と大損する可能性は同居しています。
リスク(正と負)を受け入れる勇気を持てる人が、大きく利益を得られるチャンスがある、ということ。
もちろん、ただの賭け事ではダメです。勉強し、体験で学び、失敗もしてみて、体験を重ねる!
おっ、株式投資は脇において・・
◇
「子供の頃に恵まれていたら幸せになれない」と言っているのでは全くありません。
大スターの2世で恵まれた環境で育ち、ご本人も大活躍している方は沢山いらっしゃるし、一代で叩き上げた会社の社長さんの後継息子さんが、さらに会社を大きくする例だってあるし。(もちろん、その逆も)
ただ、そういう方は恵まれていることに甘んじることなく、感謝して、親や周囲の重圧や妬みにも負けずに、さらに大きな努力とチャレンジを重ねていらっしゃいます。
27年間というセラピストとしての経験でも、努力やチャレンジせずに幸せを手に入れている人はいませんでした。
努力(出すこと、使うこと)が➖
結果(得るもの)が➕
なので、努力やチャレンジをしたくないけど、「結果だけちょうだい」との生き方をすると、努力という形ではなく損失という形で出ていきます。
「➖」は困難や災難や損失という形は避けたいけれど、努力や人への奉仕という形で消化することもできます(全てではありません)、それなら努力や奉仕をしたいですよね。
振れ幅(リスク)をどうやって取れるか、なのかもしれません。
振れ幅(リスク)の大きな人生を選ぶのも、今回は小さめで、と生まれてくるのも、どちらでもオッケー!何度でもできるのだから。
全ては自分で決めてきたこと。
全てはエネルギー。
エネルギーを使った分だけ、戻ってくる。
良いエネルギーを出せば
良いエネルギーが
悪いエネルギーを出せば
悪いエネルギーが、必ず戻ってきます。
帳尻が合うようにできていることを
長く生きていると、たくさん見せられる。
今年は穏やかな一年でしたが、ほんの2〜3年前までは大きな課題が常に目の前にありました。
今後もいろいろあるかもだけど、周りへの感謝を忘れずにいようと思います。
皆様、良いお年をお迎えください。
皆様が心晴れやかな新年を迎えられますようにと、心よりお祈り申し上げております。
今日のまとめ
愛している人に
与えすぎるのはやめましょう。
愛する子供に、愛する彼に(彼女に)
与えすぎると感謝の気持ちが無くなります。
全ては陰陽。
感謝は幸せの基本です。
感謝が少ない、とは、幸せが少ないこと。
自力で手に入れたものは学びと喜びが大きい。
チャレンジは幸せの入り口です。
小さなチャレンジで充分。
幸せは小さなことの中に宿っていますから^ ^
※主イエスの預言通り(前々回の記事)、言いたいことを遠慮なく思いのまま書いてみました。
産業カウンセラー&ヒプノセラピスト
1999年〜催眠療法・退行催眠
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