こんにちはお久しぶりです、恵です(^-^)/


今回は番外編という感じで「受験勉強の意義について」書きたいと思います。



受験生の人にとっては「受験勉強はしなきゃいけないもの」として考えられていることが多いかもしれません。

でも、なぜでしょうか?受験勉強なんかしなくても生きていけますし、もっと言えば大学に行くこと自体不要かもしれません。


そういうふうに考えて、専門学校(もしくは勉強しなくても入れる大学・短大)や就職を選ぶ人もいるのでしょう。

それはそれで良いと思います。人それぞれですから。



しかし忘れていけないのは「受験勉強もしたことが無いのに、受験勉強を否定する権利は無い」ということです。


近頃僕はサークルの関係で専門学生の方、もしくはいわゆるFラン大学の人とお話しする機会があります。あくまで限られた範囲ではありますが、彼らは総じて「受験勉強は無駄だ」と言います。


無論この言葉はナンセンスです。なぜなら彼らは受験勉強の苦しみを味わっていませんから。


好き勝手に主張するのは自由ですが、こういった言葉に影響されてしまう受験生が多いと思いますので注意を促したいと思います。


難関大学を目指すことはそれだけで修行になります。


「受験勉強の意味」もそこにあります。


この意味が理解できない人はその程度の人です。気にする必要はありません。


受験生の人は頑張ってください!!グー


お久しぶりです。

早慶戦では雨に打たれてひどい目に遭いました、恵です。



今回は受験勉強から「自分で考えること」の重要性を訴えてみたいと思います。


結論から言いますと、自分で考えられない人は難関大学へ行こうが大手企業へ行こうがたいした人になれません。ですから、是非受験生の人には「自分で考える力」を身につけたうえで受験の成功を手にして欲しい。


そのためのポイントなのですが、大事なことは非常にシンプルで


①plan

②do

③see


のたった3要素です。経営学等では非常に有名な考え方ですね。




①plan

まず計画を立てます

抽象レベルでは⇒○○大学に合格

具体レベルでは⇒6月以内に数学のベクトルを一通り終える、1日英単語300個・・・等といった感じですね。




②do

planでの計画を実行してください。

計画を立てたところで実行できなければ意味がありません。ひたすら勉強します。2週間くらいで計画が実現可能かどうか、わかると思います。




③see

①、②の反省をしましょう。そこで上手くいかなかったり、定着していなかったら出来る人に相談します。

ここで僕らを使ってください


逆に①、②を無視して相談されても、相談者のキャパがわからないのでこちらは無難なアドバイスしか出来ません。アドバイスの内容に責任をもてません。



にもかかわらず今の受験生(といってもダメな受験生のパターンですが)は①の段階で人に聞こうとします。だから不合格になるんです。話は非常に単純ですね。もちろんここまで出来た上で相談する人は十分に見込みがありますし、考える力もついていると思います。


僕は無責任なアドバイスをしたくはないので、この方針で対応するつもりです。


アドバイスを求める場合、そこまで考えた上にしてくださいね☆

こんにちは、近頃バタバタしてます、恵です。


僕はどうも時間のとお金の使い方が下手みたいです・・・いつの間にやら時間不足と金欠に襲われています(ノ_・。)


今回は文学について!!




僕は文学というものを


①読むのが大変

②人生の肥やしになる(教養になる)

③読者の感情に影響を与える


以上の①~③全てを満たすもの、と定義しています。



①近頃「電車男」「恋空」のようなネットから発生した物語が非常に浸透してきているように思います。

こういった作品は手軽に読め、手軽に泣けるということで支持を集めているように思いますが、僕の定義によれば①を満たさないので文学ではありません


もちろんそういった作品でも読解に苦労する人はいるでしょうから、そういういう人にとっては文学として認識されるかもしれませんが・・・。



②人生の肥やし(教養)にならなければ、その作品は文学にはあたりません。せいぜい娯楽といったところでしょうか。

もちろん娯楽は必要ですから、それ自体を否定するつもりはありません。


「デスノート」は①・③の条件を満たした素晴らしい作品だと思いますが(僕自身10回以上読んでいますので)、あくまでもマンガであって文学だとは思いません



③読者の感情に影響を与える、というのは多くの作品が満たしていると思います。

読むことでなんらかの影響を受けるからこそ、僕らは読むのでしょう。


何も感じずにさらさらと読めるものを文学と定義するのは厳しいかな・・・というのが僕の考えです。


また、文学というと反射的に「物語」「フィクション」を前提として考える人が多いと思います。



しかし僕はそうは思いません。

極端な話、難しい評論文であっても①~③を満たすのであれば文学として良いと思います。

例)「学問のすすめ」「日本の思想」「文明論の概略」・・・


えらそうに言ってきましたが、僕は文学の素養が非常に薄いです

「吾輩は猫である」も読んだことがありません(笑)


今後鍛えていきたいと思います。