天目山の戦い

 

天目山

それを知ったのは日本史の教科書。

 

……だったかどうかは定かではない。

 

さて、天目山はどこ?

 

 

 

答え…

山梨県甲州市にあります。

ウィキペディアにも、しっかり説明が書かれています。

 

ではもう一度…

「どれが天目山ですか?」

 

 

 

と青柳和尚もしばしば質問されるそうです。

なんせ、観光ガイドにも歴史の教科書にも「天目山」と書かれていますから、誰でもどこかの「山」を指していると思うでしょう。

 

じつはこれ、お寺の山号なんです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%B2%E9%9B%B2%E5%AF%BA

 

 

 

諸行無常栄枯盛衰…

武田勝頼は、織田・徳川連合軍に攻め立てられ、多くの家臣を失います。その中でも最大の悲劇は小山田信茂の謀反でしょう。

しかしドラマは続きます。勝頼一行は栖雲寺を目指しますが、もはやそれも叶わない…そこで生まれた義経弁慶主従を彷彿とさせるクライマックスが、土屋昌恒の「片手千人斬り」です。

 

 

その覚悟たるや…

おもわず目が潤んでしまいます…

 

「天目山ってどこですか?」
「この辺り一帯です」が正解。栖雲寺の寺領を指していたんですね。

 

 

 

 

さはさりながら…名刹にも時は無情に押し寄せる。

当地に住む檀家さんはずいぶん減ってしまったそうです(正確には七軒)

 

 

ということで、青柳和尚、工夫を凝らして発奮しております。

 

日頃は建長寺でお勤めされながら、栖雲寺での坐禅会やお茶会や境内案内のリクエストがあれば、人数とか関係なく受け入れています。

そして、宝物展を開催する期間に囲炉裏カフェを始められました。

 

 

和尚と一緒に囲炉裏を囲んで、和尚手作りのお菓子をいただきます。

 

 

 

これ、イイ!

 

 

僕だけでなくみなさんそう思われるようで、いまや「宝物<囲炉裏」だそうです。

 

囲炉裏カフェだけでなく、栖雲寺は蕎麦切り発祥の地でもあります。
毎年それにちなんだ催しが開かれます。

 

古いネタで恐縮ですが、ドラマ「ぶっせん」のロケ地でもありました。

 

 

 

 

 

みなさん、いかがです?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロフィール

大竹 稽(Kei Ootake)
思想家、作家。てらterra株式会社 代表取締役 産経子供ニュース編集顧問

1970年愛知県生まれ。旭丘高校から東京大学理科三類に入学するも、医学に疑問を感じ退学。その後、私塾を始める。現場で授かった問題を練磨するために、再び東大に入学し、そこでフランス思想を研究しながら、禅の実践を始める「お寺で希哲する」を開きながら、共生問題と死の問題に挑んでいる。

既刊/「賢者の智慧の書」「つながる仏教」「ニーチェの悦び」「読書感想文ドリル」
近刊/「ココロってめんどくさいね」