今日は、神戸、曇の予報だったのに、雨が降ってきました。
自転車で眼医者さん行ってたら、濡れちゃいましたよ!
放送大学のみなさんは、無事通信指導問題完了されたでしょうか
「バイオサイエンス…」アップが遅れて、答え合わせが
間に合わなかったと思うんですが、ごめんなさ~~い
それでは、今日のおべんきょ~~コーナーで~~す!
*これは、あくまで私の解答ですので、間違っている場合もあると思います。あくまで参考程度にされ、ご自身でご確認、よろしくお願い致します!
(Ⅵ)抗生物質に関する次の文中の空欄(問26~問30)に入る適切な語句を、次の①~⑤の中から一つ選びなさい。
抗生物質は、選択毒性の高い医薬品として、広く使われている。最初に、ペニシリンを発見したのは、イギリスの(問26)であるが、実用化は、(問27)で行われた。また、これに続いて、多くの抗生物質の発見をしたのはアメリカの(問28)である。以後多くの抗生物質が発見され、実用化されている。例えば、ペニシリン類は、(問29)、アミノグルコシド類は、(問30)で生産されている。
<ペニシリン (Penicillin) >
1929年、アレクサンダー・フレミングによって発見された、世界初の抗生物質である。
抗菌剤の分類上ではβ-ラクタム系抗生物質に分類される。
発見後、医療用として実用化されるまでには10年以上の歳月を要したが、1942年にベンジルペニシリン(ペニシリンG、PCG)が単離されて実用化され、第二次世界大戦中に多くの負傷兵や戦傷者を感染症から救った。以降、種々の誘導体(ペニシリン系抗生物質)が開発され、医療現場に提供されてきた。
1929年、フレミングがブドウ球菌の培養実験中にコンタミネーションにより生じたアオカビ(Penicillium notatum)のコロニーの周囲に阻止円(ブドウ球菌の生育が阻止される領域)が生じる現象を発見したことに端を発する。フレミングはアオカビが産生する物質が細菌を溶かしたものと考え(実際には、この現象は溶菌ではなく細菌の発育阻止によるものであった)、アオカビを液体培養した後のろ液にも同じ活性があることを突き止め、彼自身は単離しなかったその物質を、アオカビの学名にちなんでペニシリンと名付けた。
第二次世界大戦中のペニシリンの広告その後、1940年にH.W.フローリー(Howard Walter Florey)とE.B. チェイン(E.B. Chain)がペニシリンの単離に成功したが、1つと思われたペニシリンは、ペニシリンG、ペニシリンN等の混合物であった。翌1941年には実際臨床でその抗菌剤としての効果を確認した。フレミングの「ペニシリンの発見」とフローリー等の「ペニシリンの再発見」とそれに続くペニシリンGの実用化は感染症の臨床治療を一変させ、その功績によりフレミング、フローリー、チェインには1945年にノーベル医学・生理学賞が授与された。
1980年代以降、日本国内においては主力抗菌剤の座をセファロスポリン系抗生物質やニューキノロンに明け渡した感があるが、ペニシリンの発見はこれらの抗菌剤が開発される礎を築いたものであり、しばしば「20世紀における偉大な発見」の中でも特筆すべき一つとして数え上げられる。
問26 ① パスツール ② フレミング ③ コッホ ④ エーリッヒ ⑤ ワックスマン
<答え>②、P.144
問27 ① イギリス ② フランス ③ アメリカ ④ イタリア ⑤ ドイツ
<答え>①、×⇒正解③
*P.144~の記述からは、1940年にフローリーやチェーンにより、初めて結晶状に単離され、翌年、第二次世界大戦による
創傷治療薬の要求が大きくなり、アメリカ・イギリス共同でその量産研究が開かれ、1943年に通気撹拌深部培養法による生産が開始された。とあり、答えの判断がつきにくい。また、問題文の記述のし方が、いかにもイギリス以外と読める書き方なので、③のアメリカとするべきか、かなり迷ったが、下記、ウィキペディアの記述により、フローリー、チェーン両博士がイギリスに在籍する研究者であり、ペニシリン量産まで関わったと思われる記述があるので、答えを①のイギリスとした。←これは間違いでアメリカということですね!
★フローリー男爵ハワード・ウォルター・フローリー(Howard Walter Florey, Baron Florey、1898年9月24日 - 1968年2月21日)はペニシリンの抽出によりエルンスト・ボリス・チェーン、アレクサンダー・フレミングとともに1945年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した生理学者。南オーストラリアのアデレードで5人兄弟の末っ子として生まれた。アデレード大学へ進学し、後の妻で共同研究者になるエセル・リードと出会った。奨学生としてオックスフォード大学で学士号、修士号を取得し、1927年にケンブリッジ大学で博士号を取得。1931年にシェフィールド大学教授を経て、1935年に再びオックスフォードに戻り、リンカーン・カレッジの研究長となる。カビ由来の生成物質を大規模に探索し、抗菌活性のある成分を抽出した、第二次世界大戦中の1945年にペニシリンの工業生産に成功した。
★エルンスト・ボリス・チェーン(Ernst Boris Chain、1906年6月19日 - 1979年8月12日)はドイツ生まれのイギリスの生化学者。ペニシリンに関する研究で、1945年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した。
問28 ① クリック ② フローリー ③ パールマン ④ ワトソン ⑤ ワックスマン
<答え>⑤、P.145
問29 ① Corynebacterium glutamicun ② Bacillus subtilis ③ Penicillium chrysogenum
④ Phycomyces niten ⑤ Corynebacterium ammoniagenes
<答え>③、P.158
問30 ① Bacillus cereus ② Aspergillus niger ③ Candida utilis
④ Streptomyces griseus ⑤ Escherichia coli
<答え>④、P.161、Streptomyces griseus ストレプトマイシン
以上で、通信指導問題は終了です。
お疲れ様でした!