前回、日替わりメンバーの豪華さに唸りながらも、観劇できなくて悔し涙を飲んだ舞台の再演。しかも、さらに魅力的な演者を加えて!



事前申し込みで第一希望だった23日の昼の部は完売…。一般販売で夜の部を確保。


舞台はフランス革命後のパリ。レストランの厨房に響き渡るカレームの悲鳴で幕は開く。店一番のパイ作りの料理人がクビとなり、パニックに陥いるカレームを、盲目ながら常人以上の嗅覚と舌を持つ弟子のマリーが「あなたが作ればいい」と宥める。そこに料理通でもある貴族のタレーランが、エジプト遠征帰りのナポレオンを伴って現れ、運命が巡りだす。


戦争は強いが、社交界や政治には無頓着なナポレオンと、時勢を読み、主人を変えながら生き抜いている強かな貴族のタレーラン、人を喜ばせる料理を作るためなら労を惜しまないカレーム、盲目ながら鋭い感覚を持ち、何事にも物怖じず、ただひたすらにカレームを支えるマリー。4人の関係も、時に交わり離れ、絡みながら変化していく。


「ナポレオンは嫌いだ」と言っていたカレームだったが、腹をすかして厨房へやってきたナポレオンにスープを振る舞ったことから、少しずつ心を通わせていく。ナポレオンもまた、料理のことはわからないが、カレームの作る常識にとらわれない料理に心躍らせるようになる。

しかしナポレオンが皇帝となり、視野がどんどん狭くなるにつれ、タレーランが目指した、戦争と外交という両輪も噛み合わなくなっていく。ロシアを叩きたいナポレオンと、諸外国とのバランスを考えるべきだとするタレーラン。ナポレオンは敗れ、フランスは敗戦国となりウィーン会議でその処分が下される。「フランスが切り刻まれる」と嘆くタレーランに、カレームが最後の料理外交を持ちかける。

料理で本当にフランスを救えるのか?


カレーム役は梶裕貴。明るく屈託がなく、いつまでも子どものように料理に夢中になるカレームを、伸びやかな声で演じていた。このカレームなら、マリーが母のように姉のように世話を焼きたくなるのもわかるなぁ。そんなカレームが、ラストタレーランにはっぱをかけるところは胸のすく思いだった。


カレームを支えるマリー役を井上喜久子。落ち着いた柔らかな声で、冷静沈着な慈愛に満ちたマリーという感じ。キャプテン翼の翼くん役だったと知って、びっくりしたけれど、劇中でカレームの子どもの頃も演じて納得。さすが永遠の17歳。 


ナポレオンは中井和哉。この方の声は、悪役のイメージがあったのだけれど(失礼)、誰よりも強い権力者ではなく、複雑で人間味のあるナポレオンを好演。


タレーランは諏訪部順一。「裏切りのタレーラン」という悪名を持つ、曲者の男。こういう役は本当に上手い。あの低い声で淡々と理詰めされるとぐうの音も出ない感じがするが、彼のうまさはやはりラストの演説だろう。脚本の力はもちろんだけれど、それまでどちらかというと冷ややかさの方が優っていたタレーランの心からの叫びは胸に迫るものがあった。


生演奏と共に…というのがVOICARIONの魅力の一つだが、今回はこれまで以上に素晴らしかった。幕が開くと、そこはもうもうと湯気の立つ厨房。そこに重なる音楽は、まるでレストランに流れるBGMのように、また時に人物たちの心象を表すかのように演奏される。ピアノとチェロとフルートとパーカッションだけとは思えないほどに豊かな演奏だった。2幕目の入りのスプーンを使ったパフォーマンスも、その後きちんと伴奏になってて流石。


ラストの出演者から一言も、ほぼほぼフリートーク。喜久子さんのお約束から、諏訪部さんの「最終日のマリーが怖い」発言まで飛び出して、会場も笑い声に包まれていた。泣いて笑って、お腹いっぱいになれる素敵な舞台。できることなら、別の出演者バージョンも見てみたかった。地方からではなかなかそれも望めないので、配信なり映像化されると嬉しいんだけれど…。


原作・脚本・演出・料理長 藤沢文翁

今回はマチネ、ソワレでなくランチとディナーと紹介するのもなかなかに憎い演出。