ヴォルフガング・ホールハーゼの短編小説から着想を得て映画化された作品。



第二次世界大戦中に行われた、ナチスによるユダヤ人大虐殺。ナチスの親衛隊に捕まったユダヤ人青年のジルは、ペルシャ語で書かれた本を偶然手に入れたことから、咄嗟にペルシャ人であると嘘をつく。その嘘のおかげで一命を取り留め、収容所のコッホ大尉のもとへ連行される。コッホ大尉はもともと料理人で、終戦後は兄が住むというテヘランでレストランを開くという夢を持っていた。そのためにペルシャ語を教えるように命じられる。思いつきでいくつかの単語を披露し、信用を得るが、今後毎日単語を教え続けることができるのか…。嘘がバレれば処刑は免れない。ジルの綱渡りの生活が始まる。


数個の単語であれば創作は可能だろうが、毎日増えていくデタラメなペルシャ語を作り出すだけでも大変なうえ、大尉から聞かれた時に不自然でないよう使いこなす必要がある。ペンも紙も与えられない中で、頼れるのは自分の記憶力のみというあまりにも細い綱渡りに、見ていてハラハラさせられる。

また、ジルをユダヤ人と確信し疑いの目を向ける兵長もいて、気を抜く暇がない。

面白かったのは、ナチス親衛隊が非常に人間臭く描かれている点。高圧的で冷血というステレオタイプではありながら、彼らも親衛隊に入るまでは普通の一般の人であったことが垣間見える。恋をして、嫉妬から告げ口をしたり、八つ当たりで収容者に酷くあたったり。そんな普通の人たちが、誤った方向に進んでいったんだなぁと改めて戦争の恐ろしさを感じた。


ここからネタバレあり。


単語を生み出すこと、それを覚え続けることに悩んだジルが思いついたのが、収容者の名前から単語を創作すること。初めは名簿から、その後は実際の収容者から名前を聞いてその人物と結びつけながら単語を作り出していく。

奇しくも大尉が「美しい響きだ」と呟くシーンがあるが、それが彼らが人とも思わず殺害しているユダヤ人の名前だと思うと、なんともいえない気持ちになった。

また、何度かあった収容者の一斉処分を、大尉がペルシャ語を習いたいという個人的な要求のため免れていたジルが、次々に入れ替わる同胞の姿に耐えられなくなるところなどは見ていてもつらい。レッスンの話題に大尉が生い立ちを話したり、ジルが仲間のために食糧調達するのに手を貸したりする中で、ジルと大尉の2人の間に通い合うものは感じるが、信頼というような強固なものとは言い難い。大尉は段々とジルを信頼していくが、その目的はあくまでも自分の語学習得のためであるし、ジルは生き延びるために薄氷を踏む思いで大尉に対峙しているからだろう。


連合軍の進撃に慌て、収容者の処刑と名簿の破棄で大混乱の中、ジルを逃して自分も未来に向かって歩み出す大尉が、空港でデタラメなペルシャ語によって追い詰められていく様子は滑稽だが哀れだ。

同時に、保護されたジルが他に収容されていた人の名を知らないか?と問われて「2840人の名を言える」と次々に名を挙げ続けるラストは秀逸。


見終わった後思わず息をついたことで、ジルの緊張感を共に味わっていたことに気づかされた。