3年前に宝塚で上演された、萩尾望都原作の「ポーの一族」をLVにて視聴した。

さすが宝塚。少女漫画原作のドラマや映画は数あれど、美しくも儚げな少年吸血鬼(作中ではヴァンパネラ)の世界を表現できるのは、やはり宝塚でしょうと思ったものだ。妹のため、不本意ながらヴァンパネラとなったエドガーは、人には戻れずヴァンパネラにもなりきれない。そんな不安定な役どころは、女性でありながら男性を演じる宝塚の役者さんにはうってつけだと思っていた。

今回、宝塚を退団した明日海りおが3年前に演じた「ポーの一族」を宝塚以外の場で演じると聞いて、見に行くべきか逡巡したが、その心配は杞憂に終わった。

 

 

演出は宝塚版と同じ小池修一郎氏。筋立てもほぼ同じだったが、やはり男性が入ることで芝居がリアルになってくるなと感じた。村人のシーンや、キング・ポー(福井晶一)といった壮年の男性たちの存在感はやはり大きい。体の厚みだけでも威圧感や存在感が増す。その中にあって、明日海りおのエドガーは「エドガー」としてそこにあった。女性でありながらも、その気配を見事に消し、男性として舞台に立ってはいるが、当然本物の男性にはなりえない。その危うい美しさは、少年から青年へと移行する途中で時間を止められてしまったエドガーにぴったりと嵌る。何より、あの凍てつくような冴え冴えとした目がいい。姿は少年ではあるものの、長い時間を経てきたものの目。これは、実年齢の役者ではなかなかに難しい。カーテンコールで小池氏が「主役がどうしても年長者になる宝塚で、少年を演じることができる明日海りおという役者がいたから、『ポーの一族』を上演できた」という趣旨のコメントをされていたが、なるほどと納得してしまった。少年期特有の危うさと、人ならざるものの妖しさを体現できる稀有な役者さんであった。また、彼女は男性的な声の歌唱でも発声がしっかりしているのが素晴らしい。今後、ミュージカルでも重宝される役者さんになっていくのだろうなぁと思う。

これは蛇足になるが、ラストのエドガーとアランが寄宿学校を出ていく場面で二人が背中を見せるのだが、この後姿のエドガーがかっこよかった。宝塚という女性だけの世界で、体の隅々まで神経をいきわたらせて男性を演じてきたからこその美しいシルエット。背中も見せ所とわかっている人の、最後まで気を抜かない凛とした背中に目を奪われた。

 

相手役のアラン役を千葉雄大が演じた。町の有力者の一人息子ゆえの尊大さと、純情さを併せ持った役柄だが、少年らしい純粋さと脆さは十分に表現されていた。童顔のせいもあるのだろうけれど、あどけなく無垢なアランという感じで、エドガーがアランに固執するのも理解できるような気がした。声質がやわらかで甘いので少年役でも違和感がなかったが、やや音程に不安定なところがあったように思うので今後に期待。

 

女性陣ではシーラ(夢咲ねね)の美しさが目を引く。前半の、男爵と恋をして一族に入る決意をするまでの初々しくも一途な演技も可愛らしいが、後半の生きていくために自分の美しさを十分に理解して立ち回っているときの方が凄味があって美しかった。彼女とポーツネル男爵(小西遼生)とのデュエットもよかった。

 

残念だったのは、ジャン・クリフォード(中村橋之助)。彼はかなりのプレイボーイ。婚約者のジェインがいるにもかかわらず、シーラに目を奪われたり、アランの従妹や、患者の女性とも戯れるような男だ。そのクリフォードの魅力がいまいち伝わってこない。女性にだらしないところばかりが目について、肝心な彼の魅力が伝わってこない。声もせりふの時はさほど気にならないが、歌になると声がこもるような感じになり苦し気に聞こえる。今回は歌の少ない役柄だけれど、ここぞの時に歌えないと舞台への集中力がそがれるので精進してほしいところ。

ミュージカルは、歌が不安だと芝居から気持ちが逸れるので、やはり歌える人に舞台に立ってほしいと思う。

 

個人的には、宝塚大劇場に足しげく通っていたころにトップスターだった涼風真世が老ハンナで出演していたことにびっくり(出演者チェックせずに見ていた)。細い体に見合わない声量と通る声質が大好きだったが、相変わらずの歌声で懐かしかった。小池氏演出で彼女の演技がまたみられるとは、うれしい限り。

 

カーテンコールは4回。通常のあいさつ。明日海りおのコメントから演出の小池氏と原作者の萩尾先生からのコメント。明日海りおが演者全てを舞台に呼んでのご挨拶。千葉雄大と二人で最後のコメント。千葉雄大が明日海りおを「みりおさん」と呼んで「呼んじゃいました!」と言ってるところから、このカンパニーの温かな雰囲気も伝わった。

サービス満点の充実した舞台だった。

 

コロナ禍になって、フェイスガードをしている舞台を何度か配信で観劇してきたが、今回久しぶりにフェイスガードなしの舞台を見た。エンターテイメントの世界が、ノウハウを手にしながら少しずつ戻りつつあることに感謝。