團菊祭五月歌舞伎の昼の部、夜の部ともに観てきました。

知人のお目当ては尾上菊五郎。私としては、尾上菊五郎も市川海老蔵も楽しめるなんて贅沢な舞台!という感じ。菊五郎と海老蔵については、観劇後に感想を述べたので割愛。

じわじわきている尾上菊之介について思うところを少し。

 

言わずと知れた音羽屋の御曹司である菊之介。

豪快な印象の菊五郎(知人によると昔は本当にきれいだったのよ~今も素敵だけどとのこと)に対して、生真面目な若侍とか、いなせな若衆とか、清廉なとか真っ直ぐな気性の役が似合うなあと思っていました。

最近は知人の菊五郎好きに引きずられて、ちょくちょく音羽屋の芝居を見る機会が多かったものの、私にとっての菊之介は、姿もよし、声もよし、芝居もよしでそつのない役者さんだと思う反面、印象はやや薄い感がありましたが、今回の團菊祭で前言撤回。


夜の部の弁天娘女男白浪は、音羽屋のお家芸的な面もある演目。菊五郎、左團次といったベテラン勢はさておき、白浪5人衆として花道に並んで名乗りを上げていく際の、菊之介の朗々とよく通る声、立ち姿の美しさは寺小姓といった素性を観る者にうかがわせるよう。少し高めのピンと張った声は口舌も爽やかで、台詞の通りもとてもよい。五人がそれぞれ名乗る中で、あ、この声一番好きだわ、と思ったのが菊之助でした。声だけでなく、出番としては多くはないものの、ふとした時の所作や、凛としたたたずまいが美しくて目が離せなかった。

 

そして、グッと心を掴まれたのが、昼の部の雷神不動北山櫻の雲の絶間姫。法力で竜神を滝に封じ込めるほどの力を持つ鳴神上人を、女の色香で惑わせる役回りを朝廷から引き受けた女性の役。女形の声は時々作りすぎて台詞の聞き取りにくいこともあるのだけれど、唄うような抑揚が気持ちよく、台詞がすっと入ってきた。だからこそ、上人を籠絡していく過程のなかで、恥じらいながらも夫との馴れ初めを語る場では、上人さながら話に引き込まれた。また、初心な上人に体を触れさせる場では、観ているほうもドキドキするほど美しく艶やかな女っぷり。妻になれと迫る上人に還俗を約束させ、誓いの杯で酒を飲ませ、さりげなく封印の解き方までも聞き出す有能ぶりを発揮するが、生真面目な上人をだましているという後ろめたさも同時に見せていく見事な芝居だった。後で上演記録を観たところ、雲の絶間姫は玉三郎、福助、芝雀(のちの雀右衛門)とそうそうたる女方たちが演じた役がら。しかしながら、遜色のない美しい艶姿だった。

 

これまで、声も姿も芝居も平均点以上なばかりにかえって印象に残らなかった菊之介だったのだけれど、私にとってハッと目がいく役者になってきた。私の中での一番の要因は、立役でも女役でもよく通るその声だったかなと思った。菊之介の声はどんな時でも耳に心地よく入ってくるのだ。白浪5人衆が名乗る場面も、涼やかな声が場内に響いてこの若者がただの盗賊ではないことを感じるし、雷神不動では、切々と恋しい夫のことを語るその切なげな声と語り口に上人とともに引き込まれていく。声は生まれついての賜物とは思うけれど、それをどう磨くかは本人次第。たくさんの舞台を踏みながら鍛え磨いてきたものなのだろうと思う。

 

なにはともあれ、舞台を見に行くのが楽しみな役者が増えていくのは嬉しいことだ。

菊五郎のような人の図太さと同時に心の弱さ、滑稽さがにじみでるような芝居を菊之介でも観てみたいなぁとしみじみ思った團菊祭でありました。