全譯『大方広佛華嚴經』巻下(江部鴨村 訳,昭和10年)
822〜823頁
善男子よ、とは言え、自分は唯この菩薩の「雲網の法門」を知っているだけである。かのもろもろの大菩薩のごときは、あだかも帝釈のように既にあらゆる煩悩の阿修羅軍を摧伏し、あだかも大水のようにあまねく一切衆生のもろもろの煩悩の火を消滅し、あだかも猛火のようにあまねく一切衆生のもろもろの愛欲の水を消竭し、あだかも大風のようにあまねく一切衆生のもろもろの染著の幢を吹倒し、あだかも金剛のようにあまねく一切衆生のもろもろの我見の山を摧破する。かような功徳の行を自分はどうして知ることが出来、説くことが出来よう。
善男子よ、この閻浮提のうちに摩竭陀(まかだ)という国があって、そこに安住と名づける道場神が住んでおられる。御身かしこに赴(おもむ)いて問うがよい「菩薩は如何(いか)ようにして菩薩の行を学び、菩薩の道を修むべきであろうか」と。
時に善財童子は大天の足を頂礼し、幾度(いくた)びとなく右にめぐり、辞して摩竭陀へ行かれました。
(旧字体、旧仮名遣いは改めました)