譯『大方広佛華嚴經』巻下(江部鴨村 訳,昭和10年) 

396〜399頁

仏子よ、菩薩大士は十種の大事をおこす。
十種とは何んであるか?
「あらゆる諸仏を恭敬し供養したてまつろう」と。これを菩薩大士のおこす第一の大事とする。
「あらゆる菩薩の善根を長養しよう」と。これを菩薩大士のおこす第二の大事とする。
「あらゆる如来の滅度の後に、ことごとく舎利を収めて無量の塔をおこし、種々の妙宝をもって荘厳とし、一切の華・一切の鬘(はなわ)・一切の香・一切の塗香・一切の末香・一切の衣・一切の蓋(かさ)・一切の幢(はたほこ)・一切の旛(はた)をもって供養し、諸仏の正法を守護しよう」と。これを菩薩大士のおこす第三の大事とする。
「あらゆる衆生を教化し完成して無上正等のさとりを成就せしめよう」と。これを菩薩大士のおこす第四の大事とする。
「もろもろの仏国の此上なき清浄の荘厳をもって、あらゆる世界を荘厳しよう」と。これを菩薩大士のおこす第五の大事とする。
菩薩大士はかく思う「自分はまさに一人の衆生のために一々の世界に未来の果てまで菩薩の行を修めよう。一人の衆生のためにする如く、一切衆生のためにも悉(ことごと)く同様にし、大悲を発起して菩提に安住せしめ、乃至(ないし)一念たりとも疲厭のこころを起すまい」と。これを菩薩大士のおこす第六の大事とする。
「自分はまさに思議すべからざる無数の劫において、かのもろもろの如来を恭敬し供養しまつるだろう」と。これを菩薩大士のおこす第七の大事とする。
「かのもろもろの如来の滅度の後に、自分はまさに舎利をことごとく納め取って塔廟を建造し、その塔を不可説のもろもろの世界のごとく高広ならしめ、如来の像を造って不可思議の世界のごとく巍々として高大ならしめ、不可思議の劫においてあらゆる妙宝・幢・旛・繒・蓋・華・香をもって供養しまつり、乃至(ないし)一念たりとも休息の心を生ぜず、衆生を教化し、正法を受持し、守護し、讃歎して、また一念たりとも休息の心をおこすまい」と。これを菩薩大士のおこす第八の大事とする。
「かのもろもろの善根を修習して無上正等のさとりを成就し、一切もろもろの如来と等しく、一切もろもろの如来地を逮得しよう」と。これを菩薩大士のおこす第九の大事とする。
「自分はさとりを得おわって、あらゆる世界において不可説の劫に微妙の法を説き、如来の不可思議なる自在神変を示現し、身・口・意にいまだ曾(かつ)て疲厭のおもいを生ぜず、唯もっぱら正法を念ずる心、如来力の心、一切衆生の志願を満足する心、大慈悲の心、諸法の真実を観察する心をおこし、実語に安住して寂滅の法を証り、一切衆生はことごとく不可得であって而(しか)も一切もろもろの業に違わないと観じ、三世一切の諸仏に随順して、あらゆる法界・虚空界に通達し、諸法の無相にして不生・不滅なることを照し、一切諸仏の此上なき大願を具足し成就して、一切諸仏の大事を施作し、よく悉く一切衆生を化度(けど)しよう」と。これを菩薩大士のおこす第十の大事とする。
仏子よ、これが菩薩大士のおこす十種の大事である。
もし菩薩大士がこの法に安住するならば、すなわち一切諸仏の此上なき智慧を得て、あらゆる菩薩の所行を断絶しないだろう。

(旧字体、旧仮名遣いは改めました)