譯『大方広佛華嚴經』巻下(江部鴨村 訳,昭和10年) 

349〜351頁


仏子よ、菩薩大士に十種の大いなる正しい希望が有る。十種とは何んであるか?

一には菩薩大士は「未来の果でまで出世するあらゆる諸仏に随願し承事して、それらの諸仏をことごとく歓喜せしめまつろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

二には「かのあらゆる如来・応供・等正覚を無上の供具をもって恭敬し供養しまつろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

三には「かの諸仏を供養するならば、諸仏はかならず自分に正法を余すことなく誨(おし)えたもうべく、自分は正法を承って説のごとく修行して、三世の菩薩のあらゆる諸地に生ずるところの功徳をことごとく具足するだろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

四には「自分はまさに不可称・不可説の劫に菩薩の行を修めて、つねに仏及びもろもろの菩薩と倶住することが出来るだろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

五には「自分はまさに菩提に趣向して一切の畏れ――生活不能の畏れ・悪名の畏れ・死の畏れ・悪道の畏れ――このような畏れを遠離し、止息し、除滅してあらゆる悪魔・外道も自分を阻壊することが出来ないだろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

六には「自分はまさに一切衆生をして無上菩提を究竟して成就せしめ、仏のさとりに安住せしめて、然るのちに自分は菩提を成就して、かの仏のみもとに於いて世を終わるまで菩薩の行を修め、かのもろもろの如来を恭敬し供養しまつり、如来の滅後は舎利をおさめて無量の塔をおこし、かの諸仏の法を受持し守護するだろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

七には「自分はまさに十方のあらゆる世界をことごとく無上の荘厳をもって荘厳し、種々奇妙なる平等・清浄を具足せしめ、自在の神力を現わして六種に震動せしめるだろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

八には「自分はまさに一切衆生の疑惑を除き、一切衆生の欲楽を浄め、一切衆生の心意を啓(ひら)き、一切衆生の煩悩を滅し、一切衆生の悪道の門戸を閉じ、一切衆生の善趣の門戸を開き、一切衆生の黒闇を破り、一切衆生に光明を与え、一切衆生をしてもろもろの魔業を離れしめ、一切衆生をして安穏のところに至らしめよう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

九には「諸仏如来は霊瑞華(れいずいけ)のごとく値遇しがたく無量劫のあいだに一度(ひとた)びも拝みえない。しかも自分が仏を拝んで正法を聴受しようと思えば、念に応じて見聞し得べく、自分はかの仏のみもとに於いて直心清浄に、もろもろの邪曲はなれ、偽幻の法を棄てて常にに諸仏を拝み、一心に恭敬しまつるだろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。

十には「自分はまさに大法の鼓を撃ち、甘露の法を雨降らして大法施をし、清らかなる無畏の大獅子吼をし、大願を満足し、法界に安住し、無量無数の劫につねに衆生のために正法を講説し、大悲の身・口・意の業に安住して未だかつて疲厭しないだろう」との心をおこして大いなる正しい希望を得る。


仏子よ、これが菩薩大士の十種の大いなる正しい希望である。もし菩薩大士がこの法に安住するならば、すなわち此上なき智慧の大いなる正しい希望を得るだろう。


(旧字体、旧仮名遣いは改めました)