全譯『大方廣佛華嚴經』巻上(江部鴨村 訳,昭和9年)
90〜92頁
そのとき、一切の菩薩は、十方のほとけがおのおの右のおん手を伸べて、普賢菩薩の頭をお摩(な)でになるのを拝見して、一心に敬いつつしんで普賢菩薩を観察し、即座に声をおなじうして左の偈文(げもん)を説かれました。
『もろもろの仏のみもとにおいて、善法ををさめ、あらゆる大願のちからを満足して、清浄微妙の法身を生みいだし、如実にして平等なることは虚空にひとしい。
あらゆる諸仏の国土のなかに、普賢菩薩はつねに依住せられて、十方の世界を一として見られぬと云うことはない。げに量りなき功徳と智慧との海であられる。
ことごとく十方一切のほとけの清浄身の行・功徳の海をおがみまつり、よく一一の微塵の境(きょう)において、あまねく一切の国土を示現される。
普賢菩薩はあらゆる十方のほとけの世界において、量りなき微塵の劫(こう)のあひだに、つねに真の菩薩の無量の三昧・方便の行を見らるる。
法身はもろもろの法界の、あらゆる十方のほとけの国土に充ちわたり、あまねく一切衆生の海に遊歴し、深妙清浄の法に安住される。
とこしなへに量りなきもろもろの法界にいたり、あらゆる煩悩をはなれて壊(やぶ)らるることなく、
その身、あまねく虚空に満ちて、ひろく無量の諸仏のおしえを説かれる。あらゆる功徳の海のなかから生れ、あまねく光明をはなつこと大いなる雲のごとく、衆生の清浄の行を堅固にし、微妙の音声をもって、ほとけの境界を説かれる。
無量無数の大劫のうちに、普賢の甚深の修行を積み、無量無辺のもろもろの法の雲をおこして、雷鳴のごとく勝れた法界を演説される。
あらゆる仏土の如実の性、および十力(りき)を習いおさめて浄らかに荘厳し、あまねく一切衆生の海にはいって、宜しきに応じて清浄のおしえを説かれる。
無量無辺の大衆の海は、一心に恭敬して普賢を観じまつる。量りなき深広の智慧の海よ、願くば清浄微妙のおしえを説きひろめたまへ。』
(旧字体、旧仮名遣いは改めました)