起き抜けにテレビ画面に映るCMのひとつに、競馬がある。
明るくて、おしゃれで、健康的。
さわやかなCMだ。
競馬のCMを見ると思い出すのが、社会人一年生の頃のこと。
のんびりした大学生活から一変、窮屈で日々緊張を強いられるOL生活に疲れて、毎日、会社を出て地下鉄の階段を駆け降りると必ず、小さな本屋に飛び込んでいた。
わたしは決して読書家ではなく、どちらかといえば読書は苦手なたちだが、書店で本に囲まれていると幸せな気持ちになれる。
学生から社会人に変わった当時の自分の境遇にひきかえ、本屋という空間は常に時間が止まっているかのようだ。
コミュ障なわたしは、人間相手だと愛想笑いだけでもメンタルを削られるが、本は黙ってそこにあるだけなのでありがたい存在である。
ターミナル駅ならもっと大きな本屋があって、それこそ巨大なオアシスのようだが、地下鉄の改札へ向かう通路にあるその小さな小さな本屋は、オアシスとまではいかないものの、ちょっとした湧き水くらいの役目は果たしてくれる。
そこへ辿り着くと、ようやく一日の苦役を忘れて本来の自分に戻れた。
その書店に、競馬のススメ的な本があった。
雑誌コーナーのそばで、立ち読みされやすい位置にあったその本は、おそらく沢山の人が手に取るのだろう、少し傷んで、いつまで経っても買われる様子がなかった。
競馬には興味がなかったが、馬が好きで、わたしは時々その本を開いてみた。
競馬場はいまやオシャレなスポットである、ということがクローズアップされた本だ。
綺麗な写真がたくさん載っていて、オシャレした若い女性たちが、明るい綺麗な建物の中で溌剌とした様子で写っている。
平成元年のことだ。
時はまだバブル、女性のおオシャレにもお金がかかっている。
わたしはアパレル会社の従業員ながらオシャレに興味はないタチだったが、開放的で綺麗な建物の中から、着飾って馬たちを眺める同世代の綺麗な女性たちの写真を見て、羨ましいなあと思ったものだ。
競馬かあ、行ってみたいなあ。
馬が可愛いだろうなあ。
でも、着ていく服がないや。
オシャレな写真にすっかり気後れして、実際に行ってみたことはついぞなかった。
ただ、昭和のイメージ―――新聞を握りしめて赤鉛筆を耳に挟んだ小汚いおじさんたちがたむろし、レースが終わったらハズレ馬券が宙に舞う、あまり衛生的とは言えなさそうな、荒んだ印象は、その本一冊ですっかり塗り替えられてしまった。
もちろん、当時はテレビやそれ以外のメディアでも、オシャレスポットとして競馬場が紹介されることがあったように思う。
それ以前の競馬場のイメージからの脱却が果たされた頃なのだ。
いまWikipediaで見てみると、1988年からのCM起用タレントはこんな感じだ。
旬の俳優さんを起用することで、競馬のイメージを一新することに大成功である。
わたしは競馬場へ行くことは生涯ないかもしれないが、機会があれば行ってみたい気持ちはある。
毎朝、CMを見ながら、新社会人当時のほろ苦い気分を思い出している。