わたしは生来、忘れ物が多い人間だ。
子供の頃は、そろばん教室へ行くたびに何かを置いてきた。
学校は自分の席が決まっているから、置いて帰っても翌日登校すれば見つかるが、そろばん教室ではそうはいかない。
帽子、傘、筆箱。
もちろん家を出る時に持ち物を忘れることもしょっちゅうなので、取りに帰るための往復時間を考慮して、早めに家を出る癖がついた。
大学時代には、よせばいいのに駅のホームで鞄の中を整理して、ベンチに辞書や筆箱を置き去りにしたし、社会人になってからも駅のトイレで、携帯電話や手を洗う時に外したアクセサリー類を置いてきた。
傘は電車やらバスやら至る所に置いてくるし、マフラーや手袋は無くすために買うような塩梅だ。
さらにひどいことに、身につけているものを落として気づかないこともしばしば。
高校時代には、通学途中に道を歩いていて肩から提げていたショルダーバッグを落とした。
手に持っていたものがいつの間にやら消えることも日常茶飯事だ。
手に何かを持っているという感覚が薄いのである。
だから、手に眼鏡を持っているのに、なにか高いところのものを取ろうとした時に、うっかり眼鏡のことを忘れて手を開いて腕を思い切り振り上げ、結果、眼鏡を投げ飛ばしてしまうなどということも一度や二度ではない。
昨日、バス停でバスを待つあいだ、iPad miniを開いて眺めていた。
バスが到着したので、慌てて画面を閉じてバスへと乗り込む。
乗りぎわ、いつものようにバッグの外ポケットに入れた定期入れを取り出そうとしたが、ポケット内に定期入れが無い!
いや、家を出る寸前に、前日使っていたバッグから入れ替えたのだから、無いはずがない。
でも、現実に無いのだから、とにかくもたついている暇はない、今日のところは現金で払おう、と整理券を取って乗車した。
座席に座って人心地着いたが、どう納得がいかない。
確かにここに入れたはずなんだがと、iPadを座席脇に置いてもう一度バッグの外ポケットを確認するが無い。
入れた自信はあるが、もしかしたら家に忘れてきたのかもしれないし、ウチのワンニャンはバッグの中のものを引っ張り出すのが得意なので、もしかしたらわずかの時間の間にやられたのかもしれない。
とりあえず定期入れのことは晩に確かめるとして、小銭の確認をしておこう、と財布を取り出そうとした…が、無い!
財布が見当たらない!
待って!
財布…、前の日にスーパーで使った…。
エコバッグに入れたまま!?
ちょっ、どうするよ!?
このバス、どうやって降りる!?
血の気が引いた〜💦
待て待て待て、落ち着けよ、いまの時代、財布なんて持ち歩かなくても、スマホがあればどうにでもなるんだから。
PayPayとかでサクッと払えちゃったりすんじゃね?と、傍らに置いたiPadを取り上げてググってみた。
ああ、ほら、あるやん、PayPayでね、バス運賃の支払い…いや待て、よそのバス会社だ。
このバスは…??
だ、ダメか💦
ど、どうする?
もう駅に着いてしまうぞ。
ああ、もう着いた!
ここはもう、正直に運転手さんに言うしかないな。
若い女の子か、いっそヨボヨボのおばあちゃんならいいが、こんな中途半端なオバハンがお財布も定期入れも忘れましたなんて、嫌な顔されるだろうな…、と思いつつ腰を上げかけた時、近くの席に座っていたおじさんが、
「それ、おたくの定期入れちゃう?」
と。
「は?」
見ると、さっきまでiPadを置いていた場所に、定期入れがある。
紛れもなく、わたしの定期入れだ💦
え? え? なんで!?
頭の中は「?」でいっぱい。
でも、とにかく最悪の事態を回避した!
慌てておじさんに「ありがとう」を言い、立ち上がった。
地獄から生還した気分である。
無事にバスを降り、そして電車に乗る。
通勤自体には、ICカードさえあれば財布がなくても何の支障もない。
さらに、定期入れには千円札を一枚忍ばせているし、千円以上の買い物ならスマホ決済で大丈夫だ。
一安心して考えた。
なぜあそこに定期入れが?
バス停でiPadを取り出した時に、定期入れも重なったまま持ってしまったのか?
いや、そんなはずはない。
iPadと定期入れは別の場所に入っていたのだ。
考えられるのはひとつ。
バス停で、わたしはまず定期入れをバッグから取り出したの違いない。
記憶はないが、バス停で定期入れを取り出すのはもう手の癖のようなものだ。
取り出したものの、まだバス来そうになく、iPadを取り出して、定期入れを持った左手の上にiPadを重ねて持ったのだろう。
そのまま定期入れのことは忘れて、バス乗り込む時iPadを左手に持ったまま、右手でバッグの外ポケットを探ったが、そこに定期入れは見つからない。
そして、バスに乗ったあと、定期入れごとiPadを座席に置き、その後、iPadを取り上げたためにiPadの裏にあった定期入れだけが座席に残った…、とまあ、そうとしか考えられない💦
ふわあっと生きているので、無意識でやらかしていることが多すぎる。
おかげで、こんな冷や汗を描く羽目になるのだ。
今日も、お箏の稽古から帰って実家にいると、姉弟子からLINEで楽譜忘れてませんか、と。
え?わたし?
…結果、やはりわたしの楽譜でした💦
帰り際、わざわざ「忘れ物ないように」と声をかけてもらって確かめたのに、結局なにかしら抜ける。
生来の忘れ物クイーンではあるが、このままさらに年を取ると一体どんなことになるのやら!?
先が思いやられるばかりである。