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息子がテツになりまして

2011年うまれの息子は、一歳六ヶ月にして鉄道に目覚めてしまった・・・。
いまじゃ毎日「でんしゃでんしゃでんしゃでんしゃ!!」・・・。
もう少し他のことに興味をもってほしい母による愚痴&息子観察日記。

ゴールデンウィークですねぇ。


うちは旦那が長期連休とは無縁の仕事なので、長男入園前の3月までは家庭内で誰も「月ー金」のスケジュールを持っておらず、世間が連休でも関係ナッシングで「ゴールデンウィークは公園に人が多いから、息子たちの管理に気ぃ遣うなあ。早く平日に戻ってほしい!」ぐらいのことを思っておりましたが・・・。


幼稚園児の長男が休みになるのと、園児ともなると「イベント」的なものも、ちゃんと楽しめる年頃なので、何のイベントに行こうかなと考えるのも楽しいし、今年のGWはワクワク感があるかな。


Sくんが来るかもしれないし。


まだ検討段階ですが。



●4月27日(明日だ!)

 エアポートウォークのトッキュウジャーショー

http://airportwalk.com/event/index.html#759


●5月1日~6日

 丸栄 鉄道模型展

http://www.maruei.ne.jp/yotei/tetudo/2014/index.html


●5月3日

名鉄百貨店 めいてつこどもまつり(トッキュウジャーショー、名鉄の制服着用体験、鉄道グッズ販売)

http://www.e-meitetsu.com/mds/kidsbaby/0426kidsfestival/index.html

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●7月6日まで
犬山モンキーパーク 仮面ライダーワールド2014
http://www.japan-monkeypark.jp/sp/event/detail.asp?nid=881&dmy=825447

●5月11日

三重交通 バスまつり(バス感謝祭)

http://www.sanco.co.jp/other/release140422.pdf


バスまつりのチラシを近鉄まつりで見たんですよね。鉄道じゃなくバスの祭ってどんなんだろうと興味があるから、ヒマだったら行こうかと。

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幼稚園に入園してかれこれ2週間。

長男はいまだに「おかあさーん(泣)」とベソかきながら行っております。


入園の直前もウツ状態になっており、「幼稚園いかない」などと言い出したのを、


「クルマの運転がしたいんでしょ。クルマを運転するには、幼稚園と学校を卒業しなければならないんだよ」


と説得しておさめた経緯があります。

(教えてないのに勝手にオートマ車の運転の仕方を覚えている長男。男子ってこんなもん?私なんて、ハタチで車校いくまで、なんも知らんかったですが)


実際に幼稚園が始まって、いよいよ不安定になった長男。

はるか未来の車の運転程度では、鼓舞できなくなってきた。


学校に入ってからしかできないことで、長男が興味を持ちそうなこと・・・。

なにか彼の動機づけになるようなことは・・・。


私:「あのね。鉄道模型とかプラレールアドバンスで遊びたいんでしょ。あれは学校行ってる人のものだから。学校に行くには、まず幼稚園にちゃんと通わないと!」


長男:「プラレールアドバンスやりたい!」


私:「だったら、ちゃんと幼稚園を3年間終わらないとねぇ」

(注:遊ぶ対象年齢になるまでガンバレという話で、べつに買うとは言ってないのがミソ)


旦那:「父さんはちゃんと幼稚園に通ったから、鉄道模型のDD51を持っていたぞ!」


私:「え・・・鉄道模型なんかあったの?」


長男:「DD51⁈」


旦那:「あのDD51、実家のどこかにあるかなあ。どこ行っちゃったかなあ。パノラマデラックスもあったはずだけどな…」


長男:「母さん!母さんは何!?幼稚園終わって、鉄道模型なにを持ってる!?」


私:「えっ・・・。私・・・?」


そう来るとは思わなかった・・・。

彼の鉄道脳が、また何か曲解したぞ・・・。


彼は・・・長男は・・・幼稚園を終わったらみんな嬉々として鉄道模型orプラレールアドバンスをGETするものだと勘違いしているな・・・。


言いよどんでいると、長男はTVに目を向けた。ちょうどEテレの「いないいないばぁ」(0~2歳児向け超人気番組)が始まっておりました。

私から返答がないので、長男は妄想をそちらに向けた。


長男:「ゆうなちゃん、幼稚園おわった?」


私:「そ、そうだね・・・」


長男:「ゆうなちゃん、鉄道模型なに持ってるかなあ!!」←真剣

(※注:ゆうなちゃんとは、その番組に出てくる歌のお姉さん的な子役の小学生です)


私:「えっ・・・ゆうなちゃんが・・・模型?」


長男:「ワンワンも幼稚園終わったかなあ。ワンワン何の鉄道模型もってるかなあ!!」←超真剣

(※注:ワンワンとは、その番組のメインキャストの着ぐるみです。中の人&声を担当しているのは、懐かしの「探検ぼくのまち」のチョーさんだと知ったときの衝撃。)


ワンワン・・・チョーさん・・・いや犬の着ぐるみが・・・鉄道模型を持っているかもしれんと、本気で思うのか・・・。

すごい妄想力だ・・・。


その想像力を、もっとほかのことに振り向けてほしいという母の本音など知らぬまま、とにかくその日は「鉄道模型で遊ぶには幼稚園を終わらないといけない」という一心で、彼もなんとか前向きになったのであった。

最近、次男が・・・長男じゃなくて次男ですよ・・・一歳四か月の・・・次男が、7000系パノラマカーにカブれておりますorz


DVDも、パノラマカーのものばかり見たがり、プラレールはパノラマカーの白帯つきの先頭車を離さずウロウロ。ときどきパノラマカーの顔を眺めてはニヤニヤして嬉しそう・・・。


長男も、漠然と名鉄のことを理解してからは、妙にパノラマカーに固執しとったな・・・。(今も大好きですが)


名鉄少年には「パノラマ期」というのがあるんでしょうか・・・。


パノラマカー・・・恐ろしい車両です・・・。

世間の名声とか評判など、一切知るはずのない一歳児が、本能で「かっこいい!すてき!」とシビれて参ってしまうだけの魅力があるんでしょうね。


パノラマカーに熱中する次男に、というより、一歳をトリコにするパノラマカーの名車ぶりに改めて感服・・・。

名鉄特急というよりは、ミューチケットの思い出ですが。




私は人生でたった一度だけ、自分でミューチケットを買ったことがある。


つうか、そのときに生まれてはじめて「ミューチケット」なるものの存在を知りました・・・。


(例のビーチランド行ったときは、まだミューチケットって名称じゃないはず)




巽ヶ丘の借家を出てから、私の実家は名古屋市内に転居し、電車といえば地下鉄!という生活が15年以上になっていた。




あれは大学4年の夏・・・。暑い盛りでございました。




駅名はもう忘れたけど、とにかく私は、就職説明会で津島線のどっかの駅に向かっていた。


慣れない名鉄を使うからと、2時間ぐらい早く家を出たのは大アタリ。案のじょう、迷って津島線上をウロウロ!




なんでか3回ぐらい乗り換えてたよ・・・。「え?これ○駅止まらないの!?」「また通りすぎたー!(泣)」みたいなのを繰り返して一時間ぐらいウロウロしてた・・・。




携帯電話でヤフー路線をサクッと検索♪なんて時代じゃないですからね。


携帯でEメールすらできなかった。(できる機種もあったかもしれんが、私は未対応機種だった)IDOどうしのみ「プチメール」っていうのを送れたけど、あのころは周囲は「Jフォン」一色でろくに送信する相手もいなかったねえ。


家にインターネットも無かった。パソコンはあったけど。父にもらったお下がりのPC98に一太郎と花子と五郎を入れて使ってた。(懐)




就職情報サイトによるエントリーっていうものが始まった初期だったと思います。紙とパソコン、半々ぐらいだったかな。大学のパソコンでエントリーしてました。私の一期上の先輩たちは、まだエントリーハガキ中心だったような。私は字がうまくないので、パソコンでのエントリーに変わったのは嬉しかったね。




話がそれたけど、とにかく就職活動の8月、名鉄津島線で目的の駅にたどり着けずにウロウロウロウロし、最終的に、どっかの駅にやってきた電車の車掌さんに尋ねた。(駅員さんがいない駅だったんだと思われる)




車掌さんは「この特急に乗って○駅にいって、そこから乗り換えて」と親切に教えてくれて、「ただこの特急に乗るにはミューチケットが要ります!」と言ったんですね。




ミューチケット・・・。


うまれて初めて聞く単語でした。特急券とかじゃないんだ・・・。




なんか知らんが、とにかく就職説明会にたどりつかなくてはいけないので、




「払います!」




と言って飛び込んだ。電車はまもなく発車。それがどこの駅だったかすら記憶にない・・・。




車掌さんに350円を払って席に腰かけ、「これがミューチケットのいる座席かあ」と周囲を眺めまわしたときの不思議な感じが強く印象に残りました。


真昼間の中途半端な時間だったし、車内はガラガラというか、私しかいなかった。貸し切り状態。




座席が変わっていて、なんか半円の形になっている。ソファみたいで妙に豪華。


見たことのない車両内風景だけど、とにかく「これは豪華だ。たしかに追加料金いるわ」って感じで・・・。




夏の日差しで外が明るすぎるので、中は薄暗く感じました。


薄暗い豪華列車の中に、リクルートスーツで汗だくの自分は、すごく不釣り合いに感じた。


居心地が悪くて、なんか半円のソファに浅く座ってたのをはっきり覚えてます。


乗り間違えて飛び込んで、就職説明会なんていう野暮用で一人で乗る車両じゃないなー・・・と、なんとなく肌で感じたんですね。




結婚して名鉄沿線に引っ越してくるまで、それが「名鉄特急」に乗った私の最後の記憶です。




そして時間を現代に戻して2014年4月。アイロンがけしながら、旦那とパノラマDXの話をし、98年ごろにビーチランドへ行くのに乗ったのはパノラマスーパーだったと知って仰天し・・・。




旦那はパノラマDXについて熱く語り出した。




旦那:「名鉄は赤いのが基本だった。そこに、白いパノラマデラックスがデビュー。どれだけ鮮烈だったかわかるか?!


小学生のぼくはもう、乗りたくて乗りたくて乗りたくて乗りたくて!!!


デビューした年の正月、イトコたちと豊川稲荷に行くのに、絶っ対にパノラマDXに乗ると決めて実行した!!!」





私:「イトコの意見は無視なんだね・・・」





旦那:「ところがDXは売り切れで乗れなかった!そのデラックスは7000系を連結していて、普段だったら絶対に景色が見える進行方向の展望車両に乗るところ、ぼくは反対の展望車に乗って、ずーーーーーっとパノラマデラックスの顔を見ながら豊川まで行った!!」





私:「は・・・?電車の・・・?顔を見るための席えらび・・・?ぷっ(笑)」





旦那:「きみはデラックスがどんなにすごかったかわかっとらん!あれは特別な車両だ。デラックス券というのが必要だったんだぞ!それだけで特別感がある!で、豪華な座席でジュースなんか飲めたんだぞ!!」


そこまで聞いて、もしやと思った私。


私:「豪華・・・。えっ。もしかして座席が半円型?」





旦那:「そうそう」





私:「・・・・・・・・・。」




・・・就職活動のあの夏、あわてて乗り込んだあの車両こそ、子供時代にあこがれていたパノラマデラックスだったのかっ・・・!


あの夏から、もう干支が一回りするほど年月が経ち、はじめて知った真実・・・。




白い特急だから、「パノラマデラックスだ」ぐらい気づいてもよさそうだけど、なにせ説明会に遅れてはいかんとテンパっていたから、ろくに車両の顔なんか見てなかったんだろうな・・・若かりしころの自分。




まぁそれはともかく。




旦那がイトコたちと集団行動なのに、おのれの鉄道欲のために、乗る電車や座席を決めてゴリ押ししたのはよくわかった・・・。




そういう、自分の欲のためなら周囲をかえりみない性格、まんま長男に遺伝してるよね・・・と、ちょっとゲンナリもしたのでしたガーン





長男は、


神:パノラマカー

LOVE:パノラマスーパー


という感じですが、旦那は世代が違うのでこうなる。


神:パノラマカー

LOVE:パノラマデラックス


そう。なんといってもパノラマDXがいいらしいのです。

パノラマDXがデビューしたとき、旦那は小学2年生で、それはそれは鮮烈だったんだそうな・・・。


ところで、電車に疎い人生を送ってきた私ですが、パノラマDXは子供のころから知っておる!!


幼稚園に行ってたころ、妹用の「めばえ」だか、なんかそういう幼児用の本に電車のページがあり、今年デビューする新車両!!っていう特集で、そこにパノラマDXがデカデカと載っていたのです。


そしてそのころ、私は名鉄の線路に超近い借家に住んでいた!

大昔の話だから地名まで書いちゃうけど、巽ヶ丘駅の真横です。

どういう土地の構造になっていたものか・・・家から駅までは数分歩いたと思うのですが、たぶん高台だったのかな。庭からは名鉄電車の線路がよく見えました。


電車に興味ないなりに、庭で遊んでいるときに電車が通るとのぞいたりしていた。

で、パノラマDXは当時の名鉄の中でただ一種、白かったので、唯一判別がついた

(思えばパノラマカーもバンバン通っていただろうが、名前も存在も知らなかったよ。)


だからパノラマDXが通ると「わ~♪パノラマDX来たよ~♪」って、妹たちと盛り上がってた記憶があるんですね。


そのまま時間は経過して、あれは・・・1997年?1998年?頃かなあ。(ちょっとあやふやです)

なんか知らんが親が「南知多ビーチランドの券をもらったから、アンタたち行ってきたら」と、私と妹たちにくれたのです。(私は3姉妹の長女)


巽ヶ丘に住んでいたころ、南知多ビーチランドは定番の外出先でした。


なつかしい。イルカショー好きだったな~♪

で、幼稚園時代の巽ヶ丘での暮らしを思い出しつつ電車を調べながら私は思ったわけです。

(巽ヶ丘には、結局卒園までの2年しか住んでない)


「名鉄特急!そうだ!!あの頃あこがれていたパノラマDXに乗ろう!!!」


・・・インターネットない時代だし、どうやって運行を調べたのかもうわからん。時刻表なんて家にあったのかなあ?いきなり名古屋駅の窓口に押し掛けたのかなあ。記憶なし。


まぁともかく、たぶん駅員さんに「前がいいんですー!」と訴えて、展望車の席を買った。(最前列ではなかったかもしれんが、展望車の前のほうだったのをはっきり覚えてる)


巽ヶ丘のあたりを通過するときは「住んでたのあのあたりかな♪」と盛り上がって、楽しくパノラマを満喫。


私の中で「子供のころに憧れてたパノラマDXに乗った記憶」として、美しい思い出となって脳内にしまわれていた出来事です。


で、また時は変わって2014年4月。つい先日の話ですが。

SくんがアピタでパノラマDXの写真をいただいていたのをきっかけに旦那とパノラマDXの話になった。


ふとあの美しい思い出を脳内から取り出して「あのときは楽しかったな~。パノラマDXに乗ったのはあれ一回だし。」とちょっと感慨にふけったわけです。


あのとき、展望車の前から2~3列目だっけなー。

そうそう、あんな感じの展望・・・。

視界はああいう・・・。


記憶の底に残っていた展望車での視界の映像。


ん?

あれ?


パノラマDXって・・・なんか十字みたいになっててカクカクした外観だよね?

私の脳内に残る内側からの映像と・・・合わない!?


旦那はときどき、長男とパノラマスーパーの展望席を乗りにいきますが、私はついていったことがない。

だからパノラマスーパーの展望車両内部はさっぱりわからんけど・・・しかし、それにしても・・・それにしても・・・脳内の展望席の視界の映像は、パノラマスーパーに似すぎている!!


旦那とパノラマDXのことを話しながら、私はアイロンがけをしていたのですが、思わず手が止まった。


・・・私は旦那に尋ねました。


「・・・あのさ。1998年頃にかくかくしかじかでパノラマDXに乗ったと思うんだけど・・・」


旦那は少し考えて答えた。


「ん?その頃って、DXはもう津島線ばっかりじゃないか。知多のあたりで運用は無かったと思うぞ」


ガーン!!! (←この表現古いね・・・)


てことはっ。


私はずーーーーーっと、「あこがれのパノラマDXに乗った~♪」って思い込んでたあの美しい思い出は、パノラマスーパーに乗ったというのが事実だったのかっ!!


巽ヶ丘に住んでいた2年間で、まだパノラマスーパーはデビューしていないから、幼稚園時代の私があこがれていたのはDXで間違いない。


ああ・・・私は・・・私は・・・ビーチランドに出かけた1998年頃も・・・そして今も・・・三十ウン歳になった今でも・・・パノラマDXとパノラマスーパーの区別すら怪しいわけか・・・。色が白いから一緒に見えるんだなー(遠い目)


けふ子、3歳の長男に負けている三十ウン歳の春・・・。


この話は余談があって、まだ続く。