
ご無沙汰してま~す♪ 先週の日曜日、忠岡道之町だんじり見学会のあと、「だんじり好きのちょい悪おやじ」国津社さん・「板原村のだんじり会館」館長さんのいつものメンバーで恒例となった「大人の遠足」へ出掛けました。 今回の行き先は、前回の「山の辺の道」と同じく奈良県は、法隆寺~郡山城散策へ行きましたが、前回に法隆寺へ行ったのはかなり前に遡るので、久しぶりの訪問なのでけっこう楽しみにしておりました。 ではでは、見て頂きましょう。

▲忠岡道之町の見学後ということで、かなり遅めの出発であったが、いつもの如く車内は終始和気藹々と行くはずが国津社さんの様子が少しおかしい…どないしたん?の問いに、「昨日飲み過ぎた~」と堂々の二日酔い宣言であった!(笑)

▲途中インターに寄り、スッキリとした笑顔で帰ってきた国津社さん♪これからが、遠足本番ですな~(笑)

▲時間も時間やったんで、まずはお昼の腹ごしらえです。板原館長さんが予約してくれていた「玄米庵」(http://www.genmai-an.com/)さんに到着です。

▲玄米ご飯や自然食品を厳選した精進料理主体の料理屋さんです。庭も美しいですね~

▲この日、頂いた食事は、「小鉢セット」です。焼きたての玄米もちやゴマ豆腐、なます、大豆をつぶした揚げ物など、美味しい+楽しいを兼ね合わせて、お腹一杯になりました♪

▲そこへプリンや豆乳アイス、有機コーヒーなどのデザートまでついていました!ご馳走様でした♪

▲続いては、この日のメインな場所!法隆寺にやって来ました♪

法隆寺は、奈良県生駒郡斑鳩町にある日本仏教興隆の祖である聖徳太子が推古15年に創建したと伝えられる聖徳宗総本山の寺院である。 また、世界最古の木造建築である金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群であり、別名を斑鳩寺と言われている。。(おおかたウィキペディア参照)

▲久しぶりに訪れましたが、う~ん何とも言えない雰囲気がある場所ですね~推古15年創建というと西暦607年ですから今から1300年以上前という事になります。また、推古天皇は、日本初の女帝(女性の天皇)としても有名な話ですが、聖徳太子は推古天皇の甥にあたり、この法隆寺建造に携ったという事です。

▲そんな古代ロマン漂う建造物を前にテンションが揚がらないはずがありません!

▲いざ!出陣!!

▲う~ん。。何とも言えないフォルムに釘付けです♪♪

▲法隆寺といえば、やはりこれ!木造建築世界最古と言われる五重塔です。この塔には、いろいろな不思議があるそうで、一番の不思議はやはり建造より1300年経っているという事です。コンクリート建造物の寿命が50年と言われているこの世の中に1300年も変わらぬ姿を残すこの五重塔。。すご過ぎです。また、もうひとつ凄い逸話があり、この五重塔を支える芯柱はヒノキ材で樹齢2000年と言われ直径2.5mが4分割されているそうです。。創建よりの1300年の月日を合わせると3300年前に生れたヒノキという事になります・・・(汗)その時の日本は縄文時代で、世界に目を向けるとエジプトではツタンカーメンの時代だそうです。。なんという古代ロマン♪それにしても美しいですね~

▲やはり、目につくのは~これ!軒を支える力神です。軒を支える補強材の役目をしているので、建造当時には無かったと考えられ、戦国~江戸時代と改修工事がされているので、木彫が盛んになった江戸時代あたりなのかな~?と見ていました。。

▲阿吽形揃った四隅の力神が居ます♪

▲これまた五重塔と同じく飛鳥時代の金堂です。こちらも入母屋のフォルムが美しいですね~

▲こちら金堂には、上の軒を支える龍です♪だんじりで言えば、柱巻きと言ったところでしょうかね~

▲まったく確証は無いですが、江戸期のフォルムっぽくニオイます♪一体足りませんが、昇龍降龍揃っています!

▲下の軒には、唐獅子?象?獏?でしょうか。。こちらも独特の意匠ですよね~ググッと来ますね~ブラボーです♪

▲こちらは、大講堂です。昔は、ここで学生さんが仏教などを学んだ場所です。堂内には、薬師三尊像が安置されています。その大講堂の前に燈籠が一基あります。

▲この燈籠・・よく見ると徳川家の葵のご紋が入った大そうな物でして、軒先には、伝説のシンが守ります。

▲胴体には、文字が刻まれ、「征夷大将軍源公祈祝天下・・・元禄7年・・・母儀 桂昌院 本庄氏」とあります。征夷大将軍は母桂昌院から分るように五代将軍綱吉となり、生母である桂昌院が病弱がちな綱吉のために寄贈したものではないでしょうか。。どちらにしても無防備に凄いものが建ってますね~(汗)

▲徳川家の葵のご紋と並んでいるのは、九目結紋であり桂昌院の生家である本庄氏の紋であります。その他唐獅子や龍が細工してありますが、この龍の顔は最高ですね~♪

▲境内を歩くとこんな高床式の建造物もあります。歴史を感じますね~

▲境内から出て、夢殿へ向う途中には、土塀が続き、溝が切られています。飛鳥時代こんな感じの景色の中、聖徳太子が馬に乗っている姿が思い起こせそうです。。

▲法隆寺最後に訪れたのは、有名な夢殿です。夢殿は、奈良時代の建立の建物的には珍しい八角円堂で、堂内には聖徳太子の等身像とされる救世観音像を安置しています。救世観音像は長年白布に包まれていた秘仏であり、明治初期に岡倉天心とフェノロサが初めて白布を取り、「発見」した像とされる逸話があります。夢殿の呼称は、聖徳太子がお経を執筆中に疑問を生じて持仏堂に籠ると、夢に仏が現れて疑問を解いたという事から名付けられたという伝説があります。

▲盛りだくさんの法隆寺を後にして、訪れたのは同じ奈良の大和郡山市の郡山城です。大和郡山市は写真のマンホールのデザインにもあるように、金魚で有名ですよね~金魚見れるかな~?

郡山城に到着です♪ 郡山城は戦国時代に郡山衆の居城であったが、豊臣政権に移ると豊臣方の中初期には、筒井順慶や羽柴秀長らによって改修されました。その改修の折、奈良は良質な石材が乏しかったため、奈良一帯の各戸に石を出すように義務付け、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども使用され、その中には、平城京羅城門のもの見つかっている。 柳沢氏が入城して以降、郡山城は安定期を迎えようとしていたが、その後大飢饉や出火により建物が傷み、再建に着手するも、明治6年に郡山城は破却となり、現在の形となります。(写真は、追手門から櫓を望みます。)

▲城跡には、この郡山城主であった柳沢吉理と父で法隆寺でも出てきた五代将軍綱吉に寵愛された側用人であった柳沢吉保を祀る柳沢神社があります。

▲また、天守台付近の石垣には、前段でお話しした石地蔵や何処かの基礎石のようなものも残されており、戦国時代の面影が感じられます。

▲天守閣はありませんが、昔の城の名残がけっこう残っており、もう少し温くなってから来たら、ゆっくり周ってみたいな~と思いました。

▲法隆寺~大和郡山城と周ったその後に、板原村館長さんが探してくれていた月ヶ瀬温泉へ向かいました。見どころ満載の場所ばかり周ったので、温泉へ着いた時は、辺りは真っ暗でした‥(汗)月ヶ瀬に温泉があったのは知りませんでしたが、すごく良い温泉で疲れた身体にはピッタリの温泉でした♪

▲温泉で、ほっこりした後は、奈良といえば、やはりこれ!天理の「彩華ラーメン」ですこの日、80分ほど待ちましたが待った甲斐がありました。私も初めて来てから30年ほどになりますが、たまに無性に食べたくなるラーメンですよね~また、たぶん本店にしかないであろうスタミナ丼も久しぶりに頂き、大満足でした♪
今回は、お昼前からの出動という事もあり、そんなに周れないだろうな~と思っていましたが、板原村館長さんの事前の段取りをして頂いていたおかげで、ずいぶんいろいろな場所を堪能させて頂きました。 また、この濃いメンバーで行くので、普通の場所もまた違った見方も出来て、本当に楽しく過ごさせて頂きました。 最後の「彩華ラーメン」でも80分は待ちましたが、その間もいろんな話をして、「えっ!もう80分も経ったん?」みたいな感じでした。 次回は、また温くなってからになると思いますが、その節も国津社さん、板原村館長さん、どうぞよろしくお願い致します。 ありがとうございました♪
