
皆様、黄金週間の真っ只中ですが、如何お過ごしでしょうか♪ 私は、前半の休みを利用して、西国三十三ヵ所参りの結願のお礼参りとして信州は長野県の善光寺へ参ってきました。 なかなか、遠い場所なんで行く機会がなかったんですが、忙しさも一段落したので思い切って行ってきました。 まあ、せっかく遠くまで行くので、その他いろいろ行ってきたので、春の信州旅見てやってください♪

▲善光寺まで、6時間弱かかるという事で、GWのかかりだという事を考え、朝4時半に高石をスタート…(汗)5時40分ごろ愛知県に入り夜明けを迎え、岐阜県神坂PAで朝食を取り、長野県梓川PAには9時半に到着しました。ここから、ノンストップで目指す善光寺へ向かおうと思ったんですが、ちょっと早く着いたという事もあり、行きたかった場所へ寄り道~♪

▲そう信州と言えば、忘れてはならないこの場所!龍虎相打つでお馴染みの川中島古戦場跡へやって来ました♪

▲三太刀七太刀之跡と言われ、謙信が三太刀斬りつけ、信玄の軍配団扇に七太刀の傷跡が残ったという逸話が残るこの聖地に降り立ちました♪先日見せて頂いた板原先代の土呂幕正面もこの図柄ですね~

▲はい♪いきなりですが、八幡原を後にしてやって来たのは、お礼参りの地である長野善光寺さんです。参道には多くの寺院があり、写真もそのうちのひとつですが、ええ彫もんが入っていました♪予習なしで行ったんで、私にとってはサプライズのご褒美でした!

▲そして、仲見世が立ち並ぶ参道を歩くと仁王門に到着です。有名な仁王像はもちろんですが、その他にもええもん発見です♪

▲木鼻~♪それも上物です!その上物に「何が??」という感じで鳩様がおとまりになっておりましたが、こんな名作に~(汗)知らないって、凄いですよね~

▲大勧進と書かれた額が上がっていた山門です。ここも良い作品が入っていました♪まだ、記憶に新しい大工町新調だんじりの木鼻に似た獏調の波形です。

▲ようやく山門にたどり着きました。。ここには、有名な「善光寺」と書かれた額が掛かっているのですが、字を使って生き物が入っているのですが分かりますか~?そう、一匹は丸印でも分かるように三文字に鳩が入っています。もう一匹は…善という字の中に牛が隠れています。分かりますか~?表題にも書いた「牛に引かれて善光寺参り」の例えになぞられたものなんでしょうね~

▲そして、本堂に到着です。善光寺さんは、一光三尊阿弥陀如来本尊としており、『善光寺縁起』によると、御本尊の一光三尊阿弥陀如来は、インドから朝鮮半島百済国へとお渡りになり、552年の仏教伝来の折りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像といわれております。この仏像は、廃仏論争の最中、廃仏派の物部氏によって難波の堀江へと打ち捨てられたと云われ後に、信濃国司の従者として都に上った本田善光が信濃の国へとお連れし、はじめは今の長野県飯田市でお祀りされ、後に642年に現在の地に遷座されたそうです。644年には勅願により伽藍が造営され、本田善光の名を取って「善光寺」と名付けられたそうです。 善光寺HPおおかた参照)

▲山門より、参道を眺望した写真です。この日は、特別に山門に上がる事が出来ました。

▲そして、その参道で買った信州名物の「おやき」。。野沢菜入りや南瓜入りなど、いろいろ種類はあるみたいですが、私はあんこ入りを選びました。なかなか、美味しかったですよ♪これで、善光寺さんをあとにしました。

▲続いてやって来たのは、高野山では石童丸の物語で有名な刈萱山西光寺さんです。石童丸と父円空(繁氏)が仏の導きで信州へ移り草庵にて地蔵菩薩を刻んだのがこの地だとされています。今は長野市の中心地にあり、大きなビル群の中に佇んであります。

▲続いてやって来たのは、諏訪湖です♪けっこう、日本全国行ってはいるんですが、諏訪湖を見るのは初めてなんです。湖畔には、桜がキレイに咲いていました。

▲そして、諏訪湖と言えば諏訪大社!四社ある中のまずは、上社本宮へやって来ました。

▲諏訪大社といえば、7年に一度行われる御柱祭(おんばしら)が有名ですよね。前回(平成22年)行われた御柱が、境内にそびえ立っていました。。分かりにくいですが、左の写真の御柱に注目してみると右面が木の丸みが無く、平らになっているのが分かりますか?これが、祭りの時に引き摺りたおした痕のようです。

▲良い木彫が刻まれていてそうな拝殿は残念ながら改修中でしたが、初参りやったんで、念入りにお参りをさせて頂きました。諏訪大社は、御鎮座の年代、起源等の詳細については分かっていませんが、我国最古の神社の一つに数えられます。延喜式神名帳には南方刀美神社(みなかたとみのかみのやしろ)と記され、信濃国四十八座の第一にあり、当時既に信濃國一之宮として信仰されていたみたいですね。(諏訪大社HP参照)

▲境内には、史上最強の力士と江戸時代に言われた雷電為右エ門の像(直接は関係なさそう)やもの凄く大きな太鼓などがありました。

▲前宮に参詣する途中、遠くの山の頂に雪が見えました。あ~信州やな~と感じるひと時でした。。

▲そして、前宮です。前宮は、御祭神が最初に居を構えられ、諏訪信仰発祥の地と伝えられています。現在の社殿は昭和七年伊勢の神宮の御用材を以て建られたものだそうです。今日の散策は、これにて終了しました。

▲お宿の方は、明日お参りする諏訪大社下社に、ほど近い下諏訪温泉「鉄鉱泉本館」さんです。あの武田信玄も重用したという温泉で、中山道と甲州街道の分岐点でもあり、その当時はかなりの賑わいだったのではないでしょうか。。温泉は言うに及ばず良かったんですが、夜の食事は、せっかくの信州路に訪れたので、信州名物をチョイスして馬刺しや鯉料理、最後にはお蕎麦まで頂き、大満足の一日でした♪

▲あくる朝、温泉地に来た時の楽しみのひとつでもある朝風呂前に、諏訪大社下社秋宮に参詣させて頂きました。朝の凛とした空気の中、境内にある手水には、御神湯と言われる温泉が湧き出ており、寒い時期には何ともありがたいと感じられるでしょう。また、神楽殿は二代立川和四郎富昌の作で、この神楽殿は天保六年の富昌54歳の作なんですが、二代目和四郎の木彫細工は無く、あとに出てくる豪華な幣拝殿が引き立つように建造されたのかな~と思われます。

▲そして、こちらが先ほどお話しした幣拝殿です。上社でもお話したように、自然信仰時代の神社ゆえ、こちらも本殿がありません。ちなみに、ご神体は幣拝殿奥の「一位の木」になっています。この幣拝殿は安永10年に落成しました。工匠は先ほどお話しに出た諏訪出身の初代立川和四郎富棟です。

▲今回の旅は、善光寺お礼参りが最大の目的ですが、サブメインとしては、この幣拝殿見物がありました。

▲秋宮を穴あくほど見学した後に、下社春宮にも参詣しました。下社では半年ごとに御祭神が秋宮と春宮を遷座するそうで、8月1日に春宮から秋宮へ、2月1日に秋宮から春宮への遷座祭が行われるようで、名前の由来はここからきてるんでしょうね~また、諏訪大社の神社紋は、写真の「梶の木」になっておりますが、上社の梶紋は「諏訪梶」呼ばれ、木の根に当たる部分が4本、これに対して下社の梶紋は「明神梶」と呼ばれ、根に当たる部分が5本になっています。

▲こちらの弊拝殿も同じ意匠ですが、春宮の幣拝殿は柴宮(伊藤)長左衛門が頭領を請け負い、秋宮の初代立川和四郎と腕を競ったものだそうです。サイズは違うが構造は同じで、同一図面を与えられたものであろうという。そのため、彫刻でその腕が競われております。

▲個人的な感想としては、どちらも凄い木彫が入っており、春宮の方が凝った細工はありますが、木彫ひとつひとつの精度は、秋宮かな~と感じました。まあ、かなりの時間を割いて撮影しましたが、ちゃんとお参りも済ませ、諏訪を後にして松本市へ向かいました。

▲信州と言えば、やはり蕎麦!という事で、松本市よりほど近い、山形村の唐沢そば集落にある「根橋屋」さんに訪れました。唐沢そば集落は、11軒の蕎麦屋さんが立ち並ぶだけで周りは長閑な畑があるだけです。歴史は古く、江戸時代まで遡り、この辺りで打つ蕎麦は格別に美味いという評判たったそうです。という事で、私は天ざるを頂きましたが、予想以上に美味かったです♪自家製でしょうか‥漬物も最高でしたよ~

▲近くの風景も抜群でした♪

▲帰りは少し遠回りして、日本海回りで、井波に寄りました。

▲昨年の2月に訪れた時も改修中だった本堂ですが、この10月に完成するそうです。

▲相変わらずの木彫の数々にまたもやシャッターを切ってしまい、この長い旅の終わりも木彫で締めくくり、大阪に帰りました。。
往復1200kmの長旅でしたが、ようやく西国三十三カ所詣でも結願でき、清々しい気分になりました。 しかし、この旅でも素晴らしい木彫や思いがけない木彫にも出会え、またその土地の美味しいものにも出会え、旅って良いな~と改めて感じさせられました。 また、機会があれば、訪れてみたい場所のひとつとなりましたが、今度はもうちょっと、ゆっくり周りたいですね~
