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大変ご無沙汰しております♪
祭りが終わって、超多忙な日々を送らせて頂いており、こんなブログでも楽しみにして頂いている皆様には、大変申し訳ないと思っております。
今日は、久しぶりに時間があったので、先週末に行ってきた年に一度の高野参りで高野山の終わり行く紅葉と紅葉に因んだ彫物でも見て頂きましょう♪
ではでは、さっそく♪
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▲毎年お参りをさせて頂いている高野山南院です。ご本尊は、信仰するお不動さんが祀られていますが、このお不動さん弘法大師空海が、唐からお帰りになる際、嵐に巻き込まれるも荒波を鎮めたという伝説のお不動さんであります。念入りにお参りをして、一年のお礼を致しました。
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▲念入りにお参りをした後は、ちょっと色褪せが進んでしまったお山の紅葉を楽しみました♪
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▲数ある木々の中でもこのモミジは好きなんですよね~
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▲う~ん。ビューティホー♪
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▲そして、高野山といえば、こちらも外せませんよね~
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▲素晴らしい作品が、紅葉に負けじと異彩を放っています♪
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▲ホンマは、もう少しいろいろ見て回りたかったんですが、この日の高野山は車車車の大渋滞…(汗)この辺りで、退散する事にしました。。ではでは、この紅葉に関係ある彫物題材を見て頂きましょう♪写真の前に、少し説明を…

だんじり彫刻では、なかなか珍しい能でお馴染みの「紅葉伝説」の一場面で紅葉狩の場面です♪
時は、平安時代937年(承平7年)、平清盛が生まれるまだ80年ほど前のお話です。
会津には子供に恵まれなかった夫婦がいました。2人が第六天の魔王に祈り、女の子を授かり呉葉(くれは)と名付けました。才色兼備の呉葉は豪農の息子に強引に結婚を迫られ、呉葉は秘術によって自分そっくりの美女を生み出し、これを身代わりに結婚させたのです。
偽呉葉と豪農の息子はしばらく何事もなく暮らしましたが、ある日偽呉葉は糸の雲に乗って消え、その時すでに呉葉の家族も逃亡していた。
呉葉と両親は京に上り、ここでは呉葉は紅葉と名乗り、源経基の御台所の目にとまり、経基の子供を宿しました。
その頃御台所が懸かっていた病の原因が紅葉の呪いであると比叡山の高僧に看破され、結局経基は紅葉を信州戸隠に追放することにしました。
時は経ち、まさに紅葉の秋に、紅葉は水無瀬に辿り着き、生まれた子どもに経基に因んで息子に経若丸(つねわかまる)と名付け、また村人も村の各所に京にゆかりの地名を付けました。
しかし、我が身を思うと京での栄華は遥かに遠く、次第に紅葉の心は荒み、京に上るための軍資金を集めようと、一党を率いて戸隠山に籠り、夜な夜な他の村を荒しに出るようになりました。
この噂は戸隠の鬼女として京にまで伝わった。
こに平維茂が鬼女討伐を任ぜられましたが、はじめ紅葉の妖術に阻まれさんざんな目にあいました。
かくなる上は神仏に縋る他なしと、観音菩薩に参ること17日、ついに夢枕に現れた白髪の老僧から降魔の剣を授かりました。
今度こそ鬼女を伐つべしと意気上がる維茂軍の前に、流石の紅葉も敗れ、維茂が振る神剣の一撃に首を跳ねられることとなりました。
紅葉33歳の晩秋であったそうです。
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▲はい♪その鬼女「紅葉」の形相を見事再現した今年まで岸和田大沢で曳行されていた松良に見事な作品が入っています!彫物師さんは、田沼さんでしょうか。。
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▲続いては、播州屋台から♪非常に手の込んだ作品です!
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▲こちらも鬼女といい、維茂といい申し分ない出来ですね~個人的には、大好きな彫物です♪
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▲最後は、やはりこの人~開正藤♪パッと見い、アッサリしてますが、この間合いが堪りません!!!
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▲鬼女、維茂。。前段の彫物も良かったですが、何とも言い表せない作品の味わいを感じさせる雰囲気を持ちます♪
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▲開さんのおかげで、この題材が好きになったのは言うまでもありません(笑)という事で、平成25年紅葉レポでした~(笑)