
大変ご無沙汰しております。。 むちゃ忙しいのと編集に手間取ってしまい、ちょっと間が空いてしまいましたが、元気良く参りましょう♪ 今日ご紹介するのは、まだ記憶にも新しい5月5日こどもの日に新調入魂式のあった岸和田市南掃守地区上松町地車です。 入魂式当日は、噂の新調だんじりを一目見ようと私も含めたくさんのギャラリーで埋め尽くされました。 しかしそんなたくさんのギャラリーの中やったんで、私のお目当ての彫物はあまり見れずやったんですが、ブロ友を通じで記念誌撮影の場へ呼んで頂ける機会に恵まれました。 なかなかそんな場所へ呼んで頂く機会も少ないので、是非にとお願いをして撮影させて頂きましたので、今日はたくさん撮った中よりご覧頂く事にしましょう♪

▲前に塀があったので真正面は撮れませんでしたが、まずは姿見より。切妻の美しいシルエットです♪記念誌撮影会なんで、当然網無しです♪

▲後ろと平方向より。しかし、すごいボリュームですね~

▲そして、いろいろなところに拘りが見えます♪写真の左上鬼板部には、氏子神社紋の梅鉢を町名に関わる菱の松葉で囲っていました。右上の後屋根懸魚は、志度の玉取り姫が居り、左右には追いかける龍と蛸が入っていました。蛸は良い感じでしたよ♪また、主屋根虹梁下部には、この部分お馴染みの錫杖があり、左右には虹梁の波に続く波模様が彫られており、これも感じが良かったです♪

▲主屋根内部天井ですが、織り上げになっており、格子状で四獣神が配されていました。これも良かったですな~

▲そして、枡合ですが、主屋根は左右両平が二重枡合でした。図柄は正面「天乃巌戸」、右「素戔嗚尊大蛇退治」左「神武東征」後ろ「神功皇后誉田別皇子平産」で、二重枡合上部は右「櫛稲田姫」左「神武天皇御即位」となっており、左右両平上部については下部の題材と関連のあるものが入っていました。個人的に枡合は好きな部分なんですが、ここ上松町のは良く彫られていました。右の「素戔嗚尊大蛇退治」は下の虹梁の波と合わさってて良かったです♪因みに枡合正面下の見送り虹梁は秀吉が権六(柴田勝家)に屈辱を受ける「秀吉屈辱を忍ぶ」です。

▲続いて、後屋根枡合ですが、正面「馬簾後立太閤殿下の雄姿(梅)」、右「醍醐の花見(桜)」、左「北野大茶会(松)」となり、三方で季節を表しています。また、車板には氏子神社の天満宮縁の「牛乗り天神」ですね。この意匠は、播州屋台では「菅公遊歩の場」として定番もののひとつとなっており、個人的には天神さん縁のだんじりに入れたらおもしろいな~と思っていました♪

▲隅出すもこの通り、よう彫られていました♪花鳥モノと神話モノが入っており、題材は「国生み」、「神生み」、「日本武尊東夷」、「天孫降臨」でした♪

▲勾欄に続く竹の節には、左右で「風神」「雷神」が彫られていますが、ようく見ると立体彫りになっています。拘ってますね~

▲他にもこだわりの場所が結構あります。特に右下の写真。。関係者のNさんに教えてもらったんですが、よう転がるように鞠が彫られていました♪

▲そして、腰周り♪まずは、松良で右「秀吉 天王山を征す」左「小栗栖光秀敗走す」です。合戦ものは多いですが、珍しい図柄ですね~また、よく纏まっていて見易いな~と思いました♪

▲そして、いきなりですが、土呂幕正面♪縁葛「愛宕連歌」大連子「山崎之合戦」小連子「本能寺乃変」土呂幕「岩見重太郎 狒々退治」です。各部位よく彫られており、小連子に大物題材である本能寺など見処満載なんですが、ここは何と言っても先代より継承である「岩見重太郎 狒々退治」を先代を彫った舜次郎師の孫にあたる木下健司師が見事に彫り上げています。

▲それが、これ!見るまでは、どんな狒々が入ってるんかな~と思いましたが、毛が逆立ち何とも言えん怖い狒々に仕上がっていますね~また、個人的には、あの舜さんの岩見重太郎(のちの薄田隼人)にどんな気迫を籠もらせたのか興味がありましたが、さすが健司師ですね~見事気迫の籠もった重太郎を表現しています♪爺さん追い越せとかなりの気合乗りやったのではないでしょうか。。

▲脇も気合の入ったものが多く、右側の狒々は舜さんが彫った狒々に似せています。また、隠れて状況を見守る町人風の人物も昔の意匠によくあった感じで個人的には好きな部分ですね~

▲続いては左平です。縁葛「淀君 秀頼出陣を阻止」大連子「槍一本六万石」小連子「半田寺山 後藤又兵衛」土呂幕「真田幸村 家康本陣ニ突入ス」です。

▲こちらも太閤記中心に見処満載です。縁葛や連子も枠一杯使って彫り上げられていました♪小連子の又兵衛の背には国松君も背負われていました♪

▲こちら土呂幕は堀健二師の力作です。逃げ惑う家康を追い詰める躍動感溢れる馬に力強い繁之が跨ります♪

▲腰周り最後は、右平で縁葛「幸村計略 平野地雷火」大連子「道明寺合戦 薄田隼人奮戦」小連子「槍摺乃鎧」土呂幕「大坂夏の陣 塙団右衛門勇戦」です。

▲こちらの縁葛・連子もよく彫られております。まず、縁葛は平野での真田一門の計略であった地雷火です。地蔵堂に仕掛けられた地雷火で、もう少しで家康を木っ端微塵に出来たのですが、家康の到着が遅れて失敗してしまいます。一説には家康が大の方をももよおし遅れたとか違うとか・・・(笑)そして、大連子には土呂幕正面の岩見重太郎に繋がる薄田隼人の奮戦が入っています。小連子にも有名な幸村ネタで旧市五軒屋土呂幕に入る「槍摺乃鎧」が見事彫り上げられていました♪

▲そして、土呂幕はこの泉州の樫井川合戦で壮絶な戦いを繰り広げた塙団右衛門の勇戦が賢申堂こと河合申仁師の手によって彫り上げられています♪川という事で、馬の足元には水しぶきが上がり、リアルさと緊張感が伝わります!松の枝には戦況を見守る河合師のトレードマークである猿が彫られています。ご愛嬌ですね~

▲所々に【あわじ彫】開さんを感じさせる部分があり、自然にテンションが上がります♪

▲そして、腰周りを見終わって特筆せなばいけない事がひとつ♪一台のだんじりの腰周りに家康公が三人出てきま~す!これも故意に入れてるんですかね?つうか、正確には4人入っているんです。家康本人は彫られていないんですが左平小連子の「半田寺山 後藤又兵衛」で又兵衛が突き入れる槍の先の籠には家康の・・・が乗っているはずなんですよね~すごい♪

▲それでは、後ろに周り見送りです。見送りは七本槍の武勇で有名な「賤ヶ岳の合戦」がギッシリ詰まっています。。

▲見送り周りにも良い作品が数多くあります。初めて見たのは脇障子物見の「神君伊賀越」の場面ですね。。太閤記では有名な話ですが、危機を感じた家康が堺より共の徳川四天王を伴って険しい伊賀を越える話です。摺り出し受けには、鍾馗さまが旗印の前田利家が目立っていました♪

▲見送り下も良く彫られていました。後連子正面「小牧山合戦」右「藤吉郎 富士川の初陣」左「高松城水攻」で、面白かったのが水板の「松に鶴亀(朝陽)」「松に鶴亀(夕日)」でした。また、旗台には「牡丹につつが?」と非常に珍しい題材です。つつがとは、日光東照宮にもある夜の守り神的なものだと思います。

▲半松良も良作で右「瓶割り権六」左「槍の又左」です。また受けのコブシも波模様が本格的で見入っていました♪

▲見送りで目に留まったのは、大脇の素晴らしさですかね~右平「脇坂甚内-柴田三左衛門」 左妻「平野長泰奮戦」右平「糟屋武則、桜井佐吉-宿屋七左衛門」右妻「片桐且元三人刺し」と賤ヶ岳の武勇伝が散りばめられています♪

▲見送り内部も騎馬武者もさることながら、城も凝ってました!天蓋には「雲に応龍」

▲見送り正面には、賤ヶ岳の名場面である「加藤清正 山路将監討取り」が踊っております♪

▲そして、最後になりますが天井に続く部分は織り上げ天井になっており、蛇腹支輪に肘木組物が配されており、非常に凝っていました♪
いかがでしたか~ 忙しいのもあったんですが、この上松町の編集にかなり手間取っていたのが本当のところでした・・・(汗) ほんま見処満載で、どこをどうやって編集すればええのか迷って今になってしまいました。。 まあ、ほんま凝りに凝っただんじりで撮影時にも何処にどうファインダーを向ければ良いのか何回もシャッターを切りました。 しかしながら、入魂式でもそうでしたが、万人の人たちが気になったのは、やはり正面土呂幕の「岩見重太郎 狒々退治」だったのではないでしょうか。。 先代の継承という難しい選択をされ、合戦もの主流の現代では異質な題材であり、武者ひとりに狒々という頭に思い浮かばればあっさりとした何か物足りない題材と言えますが、逆に言うとこれを如何に魅せるかというのが健二師の真骨頂でもあったのではにでしょうか。。また、町会の関係者の方々も入魂式まで試行錯誤しながら、ご苦労されたと心中お察し致します。まだまだ書きたい事はあるんですが、ブログの文字数が近づいたのでこの辺りにしておきます。最後に上松町Nさんにはこのたびの件に際して非常にお世話になりました。また、町会関係者の皆様にもお世話になりました。 この苦心のだんじりを末永く待つの宝として大事にされ、祭りには豪快かつ安全に曳行できます事を心より祈念しております。 ありがとうございました。。
