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9月4日、突然の東京出張がありました。
今年なにかと用事を作ってくれる商工会議所関連で私が携わっている事業の5分間プレゼンテーションのため、一日掛けて東京へ行ってきました・・・(汗)
まあなんぼ5分間のためと言っても折角の東京なんで、プチ見物してきました♪
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▲午後2時半のプレゼンやったんですが、8時前の「のぞみ」に乗り、一路東京へ向かいました。
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▲前日家に帰るのが遅かったんで、新幹線で寝ようと思ってたんですが、プレゼンの文章の見直しなどしてて結局寝れずで、11時には東京駅に到着。
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▲時間も無いので、足早にホームより改札へ向かう時、エスカレータに乗りましたが、東京へ来るといつも感じるエスカレーターでの待ち位置が関西と逆なんで、何か気持ち悪さを憶えました。世界的に見れば関西の右待ちが多いそうです。左待ちは日本特有だと言いますが何故大阪は国際的??この事について、以前TVでやってましたが、これは万国博覧会開催の折、世界中から訪問者があり、その当時まだ珍しかったエスカレーターの乗り方も国際的には右待ちだったので、そうなったとか・・・・大阪も東京より国際的な部分があったんですね~
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▲プレゼンまで少しばかり時間があったので、近くの浅草浅草寺へ・・・6月に来た時も訪れましたが、今日は少しおもしろいエピソードをご紹介しましょう。
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▲この日見たかったのは、この雷門のスポンサー・・松下電器となっていますが、何故関西企業である松下電器なのか?先日、通天閣の西上社長にお話を伺う機会があり、その時の裏話で戦後二代目通天閣建造の折、初代通天閣建造で尽力された中に松下電器の松下幸之助氏がおられたそうです。松下電器は大阪を代表する電器メーカーとして初代通天閣のスポンサーとなりました。
しかし、戦時中の鉄不足の折、大阪のシンボルであった通天閣も解体されました。
そして、戦後の二代目通天閣建造の時にも松下電器にスポンサーになってほしいとお願いしたところ、当時の担当者は剣もほろろに断ったそうです・・
それを聞いた松下幸之助!「何をしとるか!」とその担当者をクビしても、なお腹の虫が治まらない幸之助、「ナニワの敵は江戸で・・・」とばかりに、この雷門のスポンサーになったというお話であります!
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▲そんな裏話のある提灯の裏には、龍神も守っています♪
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▲お参りも済ませ、浅草寺を後しました。
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▲そして、プレゼンを前に腹ごしらえです。
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▲プレゼン場所の近くの天ぷら屋さんで口が腫れそうな天丼。むちゃうまでした♪
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▲腹ごしらえもして、プレゼンに挑みました!
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▲まずまずの手応えを感じながら、時計を見ると新幹線の時間まで一時間ほどあったんで、折角のお江戸なんで、やはり江戸彫のひとつでも見らずして帰れません!
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▲やっぱり、良いですね~
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▲この虹梁と脇障子(養老伝説)は、厳つかったです・・・(汗) 
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▲時間もなかったんで、神社に滞在していた時間10分ほどでいしたが、堪能させて頂きました。そして、足早に東京駅に向かっているとビルの片隅に東京府庁跡の石碑がありました。東京都の前身ですが、以前は大阪府と同じく東京府の時代がありました。。 
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▲そして、東京駅に到着。この建物は当時有名な建築設計士で辰野金吾氏の設計によるもので、国の重要文化財に指定されています。因みに、我らが南海電鉄の浜寺公園駅もこの辰野氏の設計によるものなんですよ♪すごいですね~ 
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▲そして、ギリギリで新幹線に飛び乗りまして、プレゼンの疲れか爆睡して、気がつけば岐阜県大垣付近でして、ちょうど日が暮れる時分でした。 
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▲そして、6時半くらいに無事新大阪駅に到着しました。何か嵐のような出張で帰って振り返ってみると「何やったんやろ?」と思う夢のような一日でした。。