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今日ご紹介させて頂くのは、播州屋台より魚吹八幡神社祭礼の大江島屋台です。
この屋台は、魚吹の中でも一際異彩を放つものであります。
私が大阪より遠く離れた播州へ訪れるきっかけとなった一台と言っても過言ではありません。大正15年制作で大工は奥野政二師、そして彫物師さんは狭間が【松本一門】二代目松本義廣師の一番弟子である堤義法師。。。という事なんですが、写真を見て「おいおい、あんたが好きな彫物師さんちゃうの?」とお分かりの方も居られると思います。そう、この堤義法師はご存知我らが開正藤師との合作をかなり制作されているのです。
それを見たさに魚吹に通う訳ですが、ここ魚吹八幡の祭礼日は、日にちで動くので休みに掛かる日しかいけないので、一昨年、昨年の二年間でじっくり見せて頂く事となりました。
ではでは、早速見て頂きましょう♪
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▲屋台全体です。まだ、真新しい白木屋根が眩しいです。屋台紋の大の字も目立ちますね♪
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▲最近この一体感がお気に入りです♪
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▲細かい部分は、まだまだ勉強不足なんで、はや彫物にいってみましょう~まずは、高欄下の「波に浜千鳥」です。屋台もけっこう見せて頂いておりますが、こんな細工は珍しいですね~また、波の形状もかなり荒く波濤も見事に割れています。この彫物先代屋台からの継承と言われているのですが、彫物師さんは、なんと浪花の名工「小松源蔵師」と言われています。
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▲貝細工が美しい泥台部分です。以前お話ししましたが、この貝細工は魚吹特有だそうです。そいうえば、数少ない中ですが私が見た屋台では、魚吹くらいだと思います。
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▲そして、その泥台に収まるこの「牡丹に唐獅子」の彫物も先ほどの波と同じく小松源蔵師の作と言われており、先代屋台の狭間に収まっていたそうです。そういえば、東灘茶屋区の唐獅子とよく似ていますね~
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▲文久年間とお聞きしておりますが、江戸時代には大坂に彫物も発注していたんですね~それにしても播州で小松一門の作品を見れるとは思っていませんでした。
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▲そして、狭間で~す。遠目から見るこのシルエット!あ~開さん♪の感じなんですが…
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▲図柄は、「佐久間玄蕃盛政 太閤本陣の乗込の場」なんですが、狭間左下の墨書きを見ても分かるように二代目松本義廣師の一番弟子である「堤義法師」の名が入っております。前段でも話したように堤師は、我らが開さんと組んでかなりお仕事をされていたようです。播州屋台を見に周って思ったんですが、この堤師は当時かなりの人気彫物師さんであったようで、あちらこちらでたくさんの作品を見る事ができます。よって、応援を頼まなくては期日に間に合わなかったのでしょう。ですから、同じ堤師の墨書きが入る作品でも全く雰囲気が違う物があります。
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▲この作品は、少しは堤さんも関わられたかもしれませんが、ほぼ開さんが携わられたものだと考えられますね。制作年は、大正15年と云われています。
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▲開さん♪
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▲続いての面は、「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」です。今にも動き出しそうな柔らかな雰囲気と素盞鳴尊と大蛇の抜群の間合いなどすばらしい作品です。
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▲う~ん。。この面は、下顎の出た龍の顔など開さんそのものといった感じでしょうか。。
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▲熊取町七山枡合を思い起こさせる名作ですね♪
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▲抜群の間合い♪
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▲そして、開作品では生まれ故郷である淡路生穂賀茂神社中組の黒檀作品で見られる「源頼義霊泉を得て官軍の渇を助く」です。黒檀作品も良いですが、やっぱりこちらの方が作品的には見易いですね~しかしながら、堤さんの墨書きがある以上この作品もまぎれもない堤作品である事をくどいようですが付け加えておきます。
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▲彫り込みようが浅いですが、魅せますね~
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▲こちらの雑兵も甲冑の軽さといい抜群です♪私が見てきた中では、最近の彫物師さんは別にして、この図柄は開さんだけだと思います・・・
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▲はい♪これが大正10年制作の淡路生穂賀茂神社の中組狭間です。材質は違えど雰囲気は同じですね~
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▲最後の面は、こちらも開さんでも十八番のひとつである「神功皇后 誉田別皇子を平産す」です。
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▲十八番のひとつである作品なので、安心して見れますね~また、どの面でも言えるのですが、土部は非常に凝っており、リアルさが伺えます。最近の作品ではこのあたりの部分になかなか手が掛けられないのがよく見掛けますが、ここを彫るのと彫らないとでは作品の深みがかわってくると思います。
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▲良いですね~
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▲年末見た岸和田旧市中町松良に瓜二つですね。。
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▲三面の堤師の墨書きのアップ。堤師も開さんには、絶対の信頼を持たれていた事が墨書きを入れる辺りからも伺えそうです。

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如何だったでしょうか? 私が二年間通った訳がお分かり頂けたと思います。 彫物師さんは、堤義法師ではありますが、開さんとの合作という事であり、播州でも異彩を放つ逸品となっています。 また、泥台に入っている小松源蔵師の先代狭間も播州では稀に見る作品なのではないでしょうか。。 どういう経緯で、小松が大江島さんの彫物を請け負う事になったのか気になるところです。 そして、現狭間は開さんにしては珍しい合作という事なんですが、堤師とどのような関係であったか?気になるところですが、堤師の師匠である二代目松本義廣師が開さんを左甚五郎の再来と評したという事から、隣同士であった松本一門と黒田一門との交流の深さがその辺りの事を物語っているように思えます。 このように、開さんは堤さんをはじめ他の播州彫物師さんとも合作や代彫りも行っている可能性はありますので、やっぱり播州からは目が離せませんね~ 最後に、大江島関係者の皆様には祭礼中にも拘らず、彫物撮影を快くお許し頂きました事を遅ればせながら、厚く御礼申し上げます。