
お待たせしました・・・(汗) 少し前に見せて頂きました堺市鳳の長承寺だんじりの紹介をさせて頂きます。 かなりの銘だんじりゆえに編集に手間取り、掲載が遅れた事をお許しください・・・(汗) 見学会当日、中学生の時より見に行っては、この地域では珍しい岸和田型(他に大鳥もあり)に釘付けで見学していただんじりの網なし撮影という事でテンション上がりまくりで拝見をさせて頂きました。 長承寺だんじりは、明治36年ごろ岸和田市五軒屋町新調で、大工は当時、絹屋嘉七と双璧であった名匠で「絹屋の嘉七さんか、大平の杢兵衛さんか」と云われた【大平】こと尾崎杢兵衛師、彫師は二代目高松彦四郎と兄弟弟子であった【和泉彫】宮地弥津計、助に安田卯ノ丸、櫻井義國、玉井行陽等と名匠揃いである。岸和田市五軒屋町から売却され、昭和44年にこのだんじりを所有していた岸和田市河合町より長承寺町会挙げて苦心しながら資金を工面して購入した話は有名なところですね。 それでは、講釈はこの辺りにして、早速ご覧頂きましょう♪

▲まずは、名匠「尾崎杢兵衛」の独特のシルエット!屋根は、さすがに違いますが、独特の組み方の枡組から見送り式土呂幕と称された腰周りにかけて、新調当初を思い起こさせますね~

▲そして、後ろからと平方向の姿見と屋根周りです。また、枡合部分に注目してほしいんですが、通常より少し狭い感じがするのですが、下場は、柱芯まで続いており、非常に珍しいのではないでしょうか。。

▲しかし、組物は無茶苦茶渋いですよね~よく入っている尾垂木などがないんですが、組物の中段に入った軒桁がスッキリとしたシルエットを生んでますね~所々、隅には獅子では無く鳳凰or朱雀の組物が入り、新調当初岸和田の人々を釘付けにしたのではないでしょうか。。

▲枡合です。まずは、主屋根よりですが、先ほどもお話した四本柱の柱芯まで続く下場はカットしますが、見ても分るように奥行きの深さと砕きようが何とも言えない立体的な空間を生み出しております。正面は「楠公櫻井の驛子別れの場」、右「児島高徳 桜木に歌を詠む」。左「伊賀関所 正成と高氏の対面?」後ろ「?」となってます。やはり、正面は太平記の顔と言ってもよい「櫻井の驛」の名場面が入っています。土部の彫り方も独特で目を惹きますね~左平の伊賀関所の場面は、インターネットや書籍にも記載は無いのですが、猿回し一座の花夜叉(正成の妹)が正成を匿い、高氏が出張る関所にて見事通り抜けるという場面なんですが、あくまでも個人的な意見ですので、悪しからず・・・

▲続いて後屋根枡合です。正面は「後醍醐天皇吉野遷宮」、右は「護良親王修業の場」、左は「護良親王捕縛の場」です。護良親王ものは、「護良親王の最期」などの場面は、よく見かけますが、こんな図柄は初めて見ました。。特に、正面の「後醍醐天皇吉野遷宮」は奥行きもあるのですが、更に遠近感があり逸品でした♪

▲そして、ここの木鼻は有名で、通常一体ずつ彫られていますが、二個一体で彫られており斬新さがあり、すばらしいですね~

▲あと屋根周りでは、隅出す・横槌などが無茶苦茶良く彫られています♪

▲もう一丁です!ここまで、彫られているのはあまり無いのではないでしょうか?

▲いよいよ、腰周りです。まずは、松良~♪松良は、入れ替えられておりました。始め見た時、「誰やろか?」と思っていましたが、何と作者は木下頼定師でした。昭和50年代の大改修の折、取り替え前の作品を見ながら丹精込めて彫り込まれた事が伺える作品ですね。。図柄は、右「菊地武時奮戦」、左「吉野蔵王堂村上義光の最期」。

▲腰周りメインです!形式は一昔前のもので、大連子と小連子が上下反対に入っています。まずは正面ですが、太平記の図柄は珍しい上に、【和泉彫】の彫物師さんは独創的な作品が多いので、図柄名は分らないものが多いため、ネットや書籍で見て確信のあるものだけを掲載させて頂きますので、ご了承下さい。縁葛「?」小連子「?」大連子「?」土呂幕「正成天王寺へ出張の場」です。大連子は楠兵衛の幼少の頃、多聞丸ものではないでしょうか?

▲連子をやらしく斜交いから見てみましょう。この何とも言えない立体感と躍動感は他の彫物をよせつけないものを感じます♪

▲また、人物はもちろんの事、周りの情景なども非常に良く彫られおり、完成までにかなりの時間を費やした事が伺えますね~

▲細かく彫られている事もすごいんですが、無茶苦茶バランスが良いんですよね~どれも秀逸です。

▲そして、見送りの様とまで言われた有名な正面土呂幕で「正成天王寺へ出張の場」です。いや~ほんま奥行きが深いですよね・・・(汗)横の部分を見ても、その深さが良く分ります。。

▲右平です。こちらの連子も秀逸ばかり。奥行きもすごいですが、建物の造りがすごい!

▲あと、この木々や垣根も何気ないんですが、よく見てみると微妙なラインでリアルなんですよね~小連子は大楠公の父である楠木正遠が信貴山朝護尊寺へ100日間の願掛けをしたところ毘沙門天のお告げがあったという場面「多聞丸誕生」ではないでしょうか♪

▲そして、階段から転げ落ちてるのも凄いんですが、この人の股間も・・・(笑)

▲はい♪人物・情景など合わせて、構成もすばらしいですね~

▲土呂幕も強力で武将を持ち上げる意匠は結構ありますが、力の入れ具合を表す足の持って行きようや鐙の感じも抜群の仕上がりです♪

▲なおかつ、この繊細な仕上げには感服するしかありません・・・

▲左平です。こちらの図柄も難解なんで、控えたいと思いますが、作品的には他の面に負けじ劣らぬ秀作であります。

▲あっ腰周りのすごさにご紹介が遅れましたが、勾欄合は一体型の彫物が入っており、題材は不明ですが、このだんじりの特徴ひとつだと言えます。しかし、この勾欄合入れ替えられてるかもしれませんね。。頼さん??

▲はい。また、連子部分に戻りますが、こちらも良いですよね~先ほどからもお話してますが、人物の躍動感は秀逸であります。。バランスええから、ええ様に見えるんかな~?

▲この写真見てもらっても、お分かり頂けるように人物を掴んでる手に力がみなぎってるのが伝わってきます。足の踏ん張りようも抜群ですね~

▲と言うことで、足の踏ん張ってるアップです!筋肉の付き方や極めつけは足の爪!

▲そして、最後の土呂幕~♪これも秀作!

▲甲冑はもちろんの事、馬具の仕上げ!左下の鞍の蓮の細工はお見事です♪そうそう、あと馬の唇も細かいですが、よう観察されています!

▲そして、この武将の甲冑や着てる衣装がリアル過ぎます・・・(汗)仕上げに、どんなけ時間を割いてるんでしょうか~???

▲怒涛の腰周りからお別れして、見送りに行ってみます。もうご存知の方も多いと思いますが、脇障子は物見と一体式になっており、赤坂城の城壁のすごさが伝わります。また、犬勾欄もこの厚み。。半端やないですね・・・虹梁の青龍は和泉彫って感じの作品ですね♪

▲竹の節は、この時代よくあるシンプルな物ですが、この物見が大きいんですよ♪また、板原村館長さんのレポでもありましたが、大脇と下の半松良まで一体式になっており、大工仕事はかなりシビアに合わせたのではないでしょうか。。さすが、大平の杢兵衛さん!

▲見送りです。図柄は楠兵衛を一躍有名にした「赤坂城合戦 東軍大敗の場」です。

▲名匠、義国さんらしき作品もあり、かなりの秀作が組み込まれていました♪
ほんま、編集が遅くなって申し訳ありませんでした。。 しかし、この記事見て編集遅くなったのも納得して頂けたのではないでしょうか。 何かにつけて、良過ぎる作品群にシャッター切り過た上に、大工仕事音痴の私でもちょっとは分る素晴らしさに載せたい写真が多過ぎて、ブログ容量一杯までするのに、かなりの時間を費やしてしまいました。 作品の素晴らしさについては、記事にも書いたように名匠たちの競演で、今までにも数々の名匠たちの名品を見せて頂きましたが、名品と言われる作品は一種固有の雰囲気を持つものだと改めて感じさせてもらった長承寺でありました。 しかしながら、長承寺さんの新調も決ったという事で、新調だんじりも気になるところですが、この銘だんじりの行方も気になるところです。。 最後に、少し遅くなりましたが、この撮影させて頂きました長承寺町会関係者の皆様、本当にありがとうございました。 あと少しで、このだんじりともお別れですが、最後までこの名品を北進で力強く曳行され、ます事をお祈り致しております。
