今日は、河内長野市「松ヶ丘地車」の見学会へお邪魔して参りました。 以前、何かのイベントで拝見した以来でしたが、大屋根正面懸魚の「石橋(しゃっきょう)」の彫り物が頭に焼きついていて、何かの機会には、必ず拝見してみたいと思っておった時、本日の見学会があり、本当にうれしい限りでした。 地車紹介は、またの機会にじっくりさせて頂きますが、本日は「石橋」の解説を少ししましょう♪ 私も初めは、石橋(いしばし)と読んでおり、何かの折に「能の演目で(しゃっきょう)と読むんやで~」と教わりました。 それでは、「松ヶ丘」正面懸魚を見ながら、お話しに入ります。

時は、平安時代、中国は清涼山は、文殊菩薩の浄土といわれる霊地でのお話であります。寂昭法師(大江定基)がはるばる日本から文殊菩薩に徳を授かろうと、この清涼山へ訪れました。ここには有名な自然にできたという石の橋があり、その石の橋を渡った先に文殊菩薩の浄土があるのです。寂昭法師はその石橋を向こう岸へ渡ろうと思いますが、まずはこの橋のことを誰か地元の人に聞いてからにしようと考えました。 折りよく樵(きこり)の少年が現れました。少年は、寂昭さんの尋ねに答え、これこそ有名な石橋だと答えましたが、寂昭さんが今にも渡ろうとすると少年は「相当修行を積んだ人でないと無理ですよ」と止めるのでした。 しかし、この長さ10メートルたらずの橋、なんと幅はわずか30cmしかありませんでした。しかもその表面は滑りやすい苔ですっかり覆われています。そんな石の橋が深さ3000mもの谷の上に、わずかに岩に引っかかるようにしてかかっているのです。誰しもが息を飲む凄まじさです。 渡ることを思いとどまった寂昭さんに少年は橋の功徳を語って聞かせます。その時、向こうの浄土より笙歌(しょうか)が聞こえてきました。これは、神仏が仮の姿で現れる兆しです。すると樵の少年は「もうすぐ良いものが見られるからここで待っているように。。」、というと消えてしまいます。 頃は五月。山は今、牡丹の花の真っ盛りです。そこへ現れたのは獅子でした。文殊菩薩の乗り物である獅子が山に咲き乱れる牡丹の花に戯れながら勇壮に舞います。その姿を寂昭さんに見せて、獅子は文殊菩薩の下へと帰っていくのでした。 という事で、寂昭さんは菩薩様に逢えたというお話です。 彫り物は、二匹の唐獅子が乱舞する様子が彫られているようです。