
本日は、久しぶりの「彫り物図柄解説」です。 今日ご紹介するのは、たくさんのだんじりに彫られていますが、日本の物語ではない「司馬温公の瓶割り」の紹介しましょう。この図柄は、中国の故事であり、だんじりだけではなく、日本全国の数々の山車彫刻や日本一の名匠「左甚五郎」も携わった日光東照宮の陽明門勾欄にも彫られている有名な物語なんです。 しかし、何故こんなにたくさん彫られているのでしょうか? そもそも司馬温公さんとは、如何なる人物なんでしょうか? 温公さんは中国の学者であり、政治家でもありました。本名は、司馬光と言い1019年(日本では、平安時代)に生まれたと言われています。 瓶割の故事は司馬光が七歳の時のお話だそうです。ある日、司馬光は友人と遊んでいましたが、友人が誤って水を一杯張った水瓶に落ちてしまいます。このままでは友人が溺れ死んでしまうと思った温公さんは機転を利かし、水瓶を割ることによって友人を助けることができたというお話なんです。 友だちの命を救ったというよいお話なんですが、もう少し掘り下げて考えてみると、当時の中国では、古く大きな水瓶は高価なもので、人の生きていくのに欠かせない水を貯蔵することで貴重品でもありました。そうした高価で貴重品である水がめを割ってでも友人を助けたという事で、「たとえ高価で貴重品の水瓶であっても人の命の方が尊い」ということを伝えているそうなんです。 この図柄が全国の山車に、たくさん彫られているという事は、祭りに参加している子どもたちに、そういう命の尊さを少しでも知ってもらい、その町がよい町になればという先代たちの願いが籠もった図柄なんだと思います。(表紙は三野畑壇尻「狭間」)

▲上中原壇尻「狭間」

▲天満屋台「狭間」

▲八田南之町「見送り下連子」

▲本町壱丁目「泥幕正面」

▲御影西之町「内車板」
まだまだ、たくさんの町に彫られていますが、大きな見やすい写真を選らばさせて頂きました。