イメージ 1

本日は、年明け拝見した鳳は「野田地車」をご紹介させて頂きます。
野田は、言わずと知れた折衷型の白眉と称されている名地車であります。私も鳳に見学に行けば、必ずと言って良いほど、この名地車を拝まさせて頂きます。大工は、当時売り出し中の【大宗】こと植山宗一郎師であり、師はこの前年上地車に立体見送り式を施した泉大津「田中町地車」を世に送り出し、乗りに乗っている時期でした。そして、彫師は、責任者【京彫】吉岡義峰師であり、師は、この翌年に、先日ご紹介させて頂いた熊取の名地車「大宮地車」を宗一郎師と送り出しており、言わずもながらの名コンビによる名作であります。
それでは、ご覧下さい。
イメージ 2

▲まずは、正面と平の姿見からです。何といっても、これでもかと彫り込まれた、この鬼熊と懸魚が目立ちますよね~
イメージ 3

▲続いて、後方よりの姿見です。どっしりとした重量感を漂わせ、後から見える二丁の鬼熊は、迫力あり過ぎますな~(汗)
イメージ 4

▲ある意味、上地車の代名詞とも言うべき、波型の台木です。そして、鬼熊を横から見るとものすごい厚みなんですよね~どんなけ、彫ってるんや~!って、感じです。
イメージ 5

▲そして、もう一度、魅惑の屋根周りです!主屋根拝懸魚は、お馴染み「天岩屋戸の変」車板は、これも上ではお馴染みの「猿掴む鷲」です。この懸魚、非常に良く彫られているんですが、義峰さんっぽくないんですよね~
イメージ 6

▲続いて、各部位のアップです。まずは、車板と隣懸魚、木鼻です。車板はもちろんの事、この隣懸魚の「龍」も抜群ですよね~木鼻も大きくて、迫力ありました!
イメージ 7

▲そして、先ほどの拝懸魚「天岩屋戸の変」です。「板原村館長さん」ともお話してたんですが、舜さんっぽいんですよね~ちょうど、板原先代と同時期(大工:植山宗一郎、彫師:木下舜次郎)なんですが、同じ雰囲気を持っているんですよね~
イメージ 8

▲続いて、後屋根の拝懸魚は、「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」ですが、素盞鳴尊が、舜さんなんですよね~それにしても傑作です!
イメージ 9

▲そして、平に廻って、折衷型の証である枡組が施され、すばらしい枡合・虹梁が入ってました。枡合は、主屋根の右「楠公子別れ櫻井の駅」左「後醍醐天皇隠岐より帰る」で、後屋根は、右「新田義貞稲村ヶ崎投剣の場」左「義経八艘飛び」です。虹梁は、右「安宅の関 弁慶義経懲打」左「仁田四郎忠常 猪退治」です。どれもこれも逸作ばかりです!
イメージ 10

▲続いて、正面虹梁の「鶴ケ岡八幡宮放生会」と内側の虹梁の「龍」です。そして、先ほどの平の虹梁のアップです。舜さん間違いないですね!仁田四郎の猪が舜さんの春木町正面土呂幕と瓜二つです!!
イメージ 11

▲そして、見辛いですが、特別アップです!平の左枡合の「後醍醐天皇隠岐より帰る」なんですが、周りの情景が、板原先代の枡合と、「よう似てるな~」と、館長さんと話してたんですよね~同じような後醍醐天皇が入っていたかも。。。
イメージ 12

▲勾欄合は、「花鳥風月」。縁葛は【忠臣蔵】で、正面「両国橋引揚げ」右平の前は「大石内蔵助の雄姿」後ろは「義士の雄姿」、左平の前は「吉良上野介召捕り」左後ろは「刃傷松の廊下」後ろは「清水一学の奮戦」です。どれもこれも良く彫られていました!
イメージ 13

▲続いて、若松均さんの「摂河泉だんぢり談義」にも記載されていた義峰師の中でも名作とある泥幕です。【源平合戦】統一で、まずは後ろ「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」です。
イメージ 14

▲そして、正面「朝比奈三郎の奮戦」です。良いですね~ 
イメージ 15

▲右は「巴御前の雄姿」です! 
イメージ 16

▲続いても同じ面です。 
イメージ 17

▲そして、少し見辛いですが、左平の「宇治川の先陣争い」です。 
イメージ 18

▲いよいよ、義峰師の真骨頂である大脇・脇障子です!岸和田型でも迫力はあるんですが、部位が大きい上地車では、もう一枚上の迫力があります!!
イメージ 19

▲迫力もさる事ながら、作品としても完成度も非常に高いですよね~
イメージ 20

▲すばらし過ぎます~!!
イメージ 21

▲岸和田型の脇障子では考えられない脇障子に、縦に二頭の馬が見えますね!(汗)凄いの一言です!
イメージ 22

▲そして、あまりにも有名すぎる三枚板です!【賤ヶ岳合戦】より、右平「中川清秀の最期」です。
イメージ 23

▲続いては、幾つもの地車に刻まれ、また何人もの彫師の見本となった、左「福島市松 拝郷五左衛門討取り」です。フィールドが広いので、これまた凄い迫力です!
イメージ 24

▲カウントダウンでも撮影した福島市松のアップです!厳ついな~
イメージ 25

▲落馬する拝郷五左衛門は、お馴染みですよね~
イメージ 26

▲そして、義峰師の稀代の名作!正面の「秀吉本陣佐久間の乱入」です!
イメージ 27

▲岸和田型の土呂幕より大きく刻めるので、何よりも迫力が凄まじいです!
イメージ 28

▲脇の太閤さんも良いですね~そして、銘板も製作当初のものだと推察します。「賤ヶ岳合戰」の「戰」という字が古いもので、熊取大宮と同じ字体なんです。その横には、見辛いですが、「大工 植山宗一郎」「彫刻師 吉岡義峰」の刻みが輝いていました!

いかがでしたか?
上地車の大きな部位でも、義峰師の力が、遺憾なく発揮され、すばらしい作品でした。また、この辺りの作品より以前にも増して作品に迫力が出てきているのではないでしょうか!また、屋根周りは、舜さん事、「木下舜次郎師の作品では?」と思える作品が、見受けられますが、これも若い舜さんが開さんや義峰さんなど、たくさんの名匠の技術を吸収し、今まさに開花寸前の勢いのある作品が、入ってました。
そして、昔より、よく拝見させて頂いている地車なんですが、鳳へ行くとこの地車の前で、必ず立ち止まってしまうほどの雰囲気を持つ名地車なんですよね。「摂河泉だんぢり談義」にもありました大東亜戦争時に、町民がこの地車を命懸けで戦火より守られたという逸話にも、うなずけますね。
最後に、野田町会の皆様方には、このような貴重な拝見できる機会を与えていただきました事に、感謝申し上げるとともに、いつまでもこの名地車を大事に曳行出来ますよう、お祈り申し上げます。ありがとうございました!