
本日は、五萬打記念第一弾?日本昔話のお勉強です(笑) お話は、だんじり彫刻の題材として多く残されている「大江山鬼退治」でございます。 大江山には3つの鬼退治伝説が残されています。そのうち、だんじりなどによく使われるお話が、酒呑童子伝説であります。 酒呑童子は日本最強の鬼として知られ、岸和田旧市「堺町」「堺町先代」の枡合題材で、知られている「玉藻前(たまものまえ)」で有名な白面金毛九尾の狐と、恨みによって大天狗と化した崇徳天皇とならんで、日本三大悪妖怪と謳われるようになりました。 お話としては、京都に上った酒呑童子は、茨木童子をはじめとする多くの鬼を従え、大江山を拠点として、しばしば京都に出現し、若い女を誘拐して側に仕えさせたり、喰われたりしたという事です。あまりにも悪行を働くので源頼光と頼光四天王により成敗されたというお話です。それでは、彫り物写真と合わせて、もう少し詳しくお話してみましょ~! それでは、はじまり、はじまり~(笑)

▲むかし丹波の国に、鬼が住んでいて夜な夜な都へ出てきては、美しい娘たちが連れ去られていました。時の帝は、但馬守であった源頼光に、鬼退治を命じました。そして、険しい大江山へ鬼退治に向かった頼光と四天王(渡辺綱・坂田金時・卜部季武・碓井貞光)でありました。(熊取町大宮:松良)

▲暫く行くと、老人が3人おり、鬼の事を話し始めました。その老人の話では、「酒を飲むと、酔って寝てしまうそうです。私たちは、神便鬼毒酒という不思議な酒を持っております。この酒を鬼が飲めば、鬼の力が弱まり、あなた達がこの酒を飲むと、薬となります。 この先に、姫君が居るので詳しい事は聞きなさい。」と告げ、消えてしまいました。この3人は、住吉・八幡・熊野の神が、ここまで出現してきたのです。一行は、その消えた方向を伏し拝み、先を急ぎました。(岸和田市筋海町:松良)

▲再び、険しい道を進むと深い谷に出くわしましたが、ここぞとばかり怪力の持ち主である幼少の頃「金太郎」の名で有名な坂田金時が、大きな松の木を反対側に掛け、一行は、松の木を渡り、事なきを得ました。すると川沿いに、先ほど神々が仰っていた姫君が鬼の血染めの着物を洗っていました。そこで、頼光は、鬼の住処の場所を聞き、その通りに、突き進んでいくと、住処に辿り着きました。(八田南之町先代・高石高磯:松良)

▲そして、頼光一行は、鬼たちの住処に、入り込みました。そうすると鬼たちは、頼光たちを試すため、人の生き血を差し出しましたが、頼光たちは、それを簡単に飲み干しました。それを見て安心した鬼たちに、今度は頼光たちが道中に、三社の神々より頂いた「神便鬼毒酒」を鬼たちに振舞うと、鬼たちは眠り込んでしまいました。(東灘西之町:車板)

▲この時ばかりと頼光と四天王は、各々刀を持ち、鬼たちに斬りかかりました。力が弱まった鬼たちや土蜘蛛は、すぐに、やられてしまいました。(東大阪市足代)

▲怪力「坂田金時」も自慢の斧で勇戦します。そうしているうち、子分の鬼達は、ほとんどやられてしまいました。(岸和田市本町)

▲しかし、さすがは頭領の酒呑童子です。神便鬼毒酒をたくさん呑んだのですが、それでも宙を舞い頼光に襲いかかってきました。(高石北村)

▲頼光は、見事に、その首を名刀童子切安綱ではねましたが、首だけとなった酒呑童子は尚も頼光に襲いかかり噛みついてきましたが、星兜で防ぎ、とうとう、酒呑童子は力尽きてしまい、頼光と四天王は、姫君を救出する事が出来ました。。。と言うのが、だいたいのお話なのですが、その後のお話があります。(岸和田市本町)

▲都に帰った頼光は、ある夜、四天王らと酒宴を催しました。その席で近頃、街の噂では、九条の羅城門に夜ともなれば鬼が出て、夜ともなると人々は、恐れて誰も通らなくなるという話が出ました。渡辺綱はこれを聞き、「羅城門は都の南門である。そんなところに鬼が出るはずがない」と言い、鎧兜に身を固め、宝剣:髭切国綱を携え、従者も連れずに単騎で、金礼を片手に羅城門に向かいました。羅生門につくと、持ってきた証拠の金札を立てていると、鬼の征伐から逃れた茨木童子が現れました格闘の末、茨木童子は、綱に片腕を切り落とされ、消えてしました。(岸和田市筋海町)

▲そして、切り落とした腕を7日以内に、鬼が取り返しに来るという事で、綱は、家に篭り、仁王経を読み続けました。ある夜、叔母だと名乗り、綱に会いに来ました。そして、切った鬼の腕を見せてほしいと言い、見せた途端に叔母の姿は、鬼となり、たちまち屋根を突き破って外に出てしまいました。立ち去り際に、茨木童子は、我もまた天の子。「出来れば、我々の事はもう、そっとしておいて貰いたい」としみじみと言い残し、立ち去りました。それ以来 都に鬼が現れたと言う噂もなくなり、都にも平穏が訪れました。(加西市北条南町)
いかがでしたか?
「大江山の鬼退治」と言えば、一昔前は、子供の頃には、誰もが知っている昔話でした。
しかし、時代も変わり昔話もあまりされなくなった今、こういう彫り物でしか、接する事が無くなりましたね~
昔は、こんな昔話がたくさんあり、近所のおっちゃんやお爺ちゃんに、「悪い事したら、アカンど~鬼出るど~」などと、知らず知らずに、人の道を教えてもらったものです。
考えてみると、だんじりには、戦記もんの他に、この「大江山」や「唐子二十四孝」などの今の勉強では教えてもらえないものまで、入っているんですね~
祭り好きの皆さんには、祭りの曳行だけでは無く、もっとだんじりや彫り物に興味を持ってもらって、そういう奥深いところまで観察するともっと楽しくなるかもです。。
今日は、少し活字が多くなりましたが、最後まで、お付き合いありがとうございました。
「大江山の鬼退治」と言えば、一昔前は、子供の頃には、誰もが知っている昔話でした。
しかし、時代も変わり昔話もあまりされなくなった今、こういう彫り物でしか、接する事が無くなりましたね~
昔は、こんな昔話がたくさんあり、近所のおっちゃんやお爺ちゃんに、「悪い事したら、アカンど~鬼出るど~」などと、知らず知らずに、人の道を教えてもらったものです。
考えてみると、だんじりには、戦記もんの他に、この「大江山」や「唐子二十四孝」などの今の勉強では教えてもらえないものまで、入っているんですね~
祭り好きの皆さんには、祭りの曳行だけでは無く、もっとだんじりや彫り物に興味を持ってもらって、そういう奥深いところまで観察するともっと楽しくなるかもです。。
今日は、少し活字が多くなりましたが、最後まで、お付き合いありがとうございました。