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本日は、先日ブログ仲間の「板原村」の館長さんより、連絡頂き、助松町子供地車&地車を見学させて頂きました。助松町は、先代の地車は、何度か拝見させて頂いた事はあるんですが、子供地車の方は、初めて見せて頂きました。
そして、小屋へ到着し拝見させて頂くと、「わ~、本格的な岸和田型やないの~」と、ビックリでした。彫り物の方も改修痕は、見受けられますが、なかなか味わいのある貴重な明治期辺りの立派な作品が、組み込まれていました。
また、現地で町会の方に、お話を聞いてると平成8年に池内工務店で、彫物を以外を全て新調その時に、ひと回り大きく(現在3m15cm)したという事でした。
それと何と売却先をお探しになっていると言う事で、希望売却金額は、550万円也(鳴物一式、金網、後梃子、幕、提灯肋骨巻上げ装置、駒一式、含む)と言う事です。「へえ~、550万円やったら、車くらいやな~、お金あったらな~」なんて、思いながら、撮影をさせて頂きました。(笑)
それでは、大きい方の地車も撮影させて頂いたのですが、まずは、嫁ぎ先募集中の子供地車よりご紹介させて頂きます。
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▲まずは、姿見より。第一印象は、「子供地車にしては、大っきいな~」と思いました。色目から見ても屋根周りの組物と腰周り彫り物以外は、新しいですよね~正面枡合も武者物で、本格的なものが入っていました!
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▲そして、後ろからです。摺り出し鼻部分には、江戸後期~明治初期の受けの柱等が見える貴重なタイプですね~もちろんこの時代特有の見送り周りには、板勾欄が、施されています。
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▲続いて、右平よりの姿見です。もうここまで来ると、子供地車じゃ無いですよね~(笑)
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▲屋根周りのアップです!
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▲枡合は、「波に兎」です。ええ感じですよね~
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▲そして、後屋根周りです。見送り下もこの時代に、よくあった一枚もので「唐獅子」が、入っていました。
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▲続いて、見送り周りですが、大脇も製作当初の味わいのあるものでした。また、見送り虹梁正面には、お馴染み源平「義経八艘跳び」が、入っていました。そして、先ほども紹介した摺り出しを受けている柱です。
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▲松良もこの手の地車にしては、かなり本格的なものが入っていました。
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▲そして、いよいよ腰周りですが、三段タイプの物ですが、中々奥行きのあるすばらしい作品が入っていました。甲冑から見て、源平物ですかね~?
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▲そして、右平です。縁葛・連子部分の図柄は不明(これも甲冑から見て、源平ものかな?)ですが、土呂幕は、お馴染み「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」です。桜井義国師が刻む意匠と良く似ていますよね~関わりのある方の作品ですかね~?
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▲アップで~す!ええ作品ですよね~
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▲左平です。写真は、光の加減で、少し見づらいです。
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▲という事で、アップです!土呂幕は、これも地車彫り物の王道「巴御前の勇戦」ですね~胴の三つ巴の紋が、はっきりと見えてますね~
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▲最後は、見送り内部です。後に、足された作品もある様ですが、中々のパノラマでした。が、図柄は不明です。

いかがでしたか~?
大きさや姿見などに加えて、組み込まれている彫り物もかなり本格的で、「子供地車と言えども侮るなかれ」の言葉が、ピッタリの本格派岸和田型地車でした。また、明治期の味わい深い部分も色濃く残し、地車の歴史を語る上でも貴重な作品ではないでしょうか?
まだ、売却先は、決まってないみたいですが、この貴重な地車も威勢良く曳いて初めて生きてくると思います。助松町会の関係者の皆様も良い嫁ぎ先をお探しになっているという事ですが、ええ相手先が、見つかる事を心よりお祈り申し上げます。
また、この子供地車&大きい方の地車をお忙しい時のも関わらず、見学させて頂いた事を感謝申し上げます。 ありがとうございました。

この地車のお問い合わせは、当ブログでは、お答え出来ませんので、下記のサイトの方へお願い致します。
http://blog.goo.ne.jp/sukematu-hamano