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本日は、前回岸和田型地車をご紹介させて頂きましたので、上地車の東大阪は、稲田八幡宮~稲田中地車~をご紹介させて頂きます。
上地車ではありますが、稲田中地車は、大工が私の好きな旧市上町地車を作事した【大宗】こと植山宗一郎師、そして彫師責任者は、これまた皆様ご存知【淡路彫】黒田の龍虎の木下舜次郎師とこの両名の名前を聞くと岸和田型でしょう?と聞き直したくなるほどの泉州では、著名な名匠です。製作は、昭和11年と云いますから、ちょうど岸和田では、植山や絹井と舜さんでたくさんの地車が生まれ出したころで、たくさんの大工さんや彫師さんがこの時期地車の作事をされていた頃ですね。そんな中で、この稲田中の地車も結構短期間で組まれたと以前若松均さんの「だんじり談議」のなかで、紹介されていた事を思い出しました。それでは、たくさんの名匠の手が入っている稲田中地車をご覧ください。

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   ▲まずは、正面姿見より。少し小振りの地車です。
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   ▲もう少し寄った正面。出人形式ですが、武者とは違う彫物が・・
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   ▲その前に屋根から舜さんの獅噛みでしょうか?
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   ▲拝懸魚は、「天岩屋戸」きてますね~(笑)
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▲そして、出人形右は、日露戦争で活躍された日本海軍の雄「東郷平八郎元帥」
     こんな彫物、見たこと無い!
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   ▲そして出人形左は、同じく日露戦争二百三高地で、有名な日本陸軍の雄「乃木希典将軍」      かな?と思います。しかし、珍しい彫物ですね~
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   ▲続いては、車板正面お馴染み「猿掴む鷲」
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   ▲左よりの姿見。
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   ▲そして、木鼻です。ええ感じの木鼻ですよね~
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   ▲主屋根左平虹梁「桜井の駅」
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   ▲脇障子上の唐獅子の彫物です。この感じ良いですよね~
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   ▲縁葛【忠臣蔵】より「清水一学」
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   ▲右脇障子、結構定番の「神功皇后」です!誰の作品かな?
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   ▲泥幕後の「義経八艘飛び」
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   ▲同じく泥幕左より「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」
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   ▲さあ!三枚板ですよ~右は、「加藤清正 新納武蔵守の血戦」これ三枚板?(笑)
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   ▲「新納武蔵守」のアップ!カッコええ~
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   ▲隅障子の武者!これもいいですよ~
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   ▲そして、左平です。「後藤又兵衛の勇戦」これもすごい彫物群です!
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   ▲いよいよ、後正面です!彫物で埋め尽くされています!
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   ▲獅噛みのアップです!迫力ありますね~やっぱりええな~(笑)
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   ▲拝懸魚は、「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」舜さんですね。
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   ▲そして、車板は、大きく取られていますね。「川中島の合戦」です。いいですよ~
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   ▲後屋根正面です。上から下まで彫物です!
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   ▲そして、三枚板は、これまた、お馴染み「秀吉本陣佐久間の乱入」
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   ▲止めのアップです!どうですか?
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   ▲最後は、一昨年の曳行風景です。

いかがでしたか?どれだけの短期間で、作事されたかは、忘れましたが、とても短期間で作られた作品とは、思えないですね~彫師も舜さんはじめ何人かの手が入っているように思えました。3年前に初めて、この地車を見た時、えらい上地車があるもんやな~と長時間眺めていた事を思い出します。皆さんも一度、戦前より東大阪で大事に曳行されている大宗&舜さんという岸和田名コンビの作品をぜひ見に行ってみてください。最後に、町会の皆様撮影ご協力ありがとうございました。