3,4年前に旅人だった友達から聞いていたヴィパッサナという瞑想。それは10日間の間、TVや携帯・書物などの一切の情報から断ち、共同生活の中で誰とも会話をせず目も合わさず、自分から言葉も発することもせず聖なる沈黙という中で自分と向き合き、心を浄化していくという瞑想でした。これは世界中に瞑想センターがあり、日本には2箇所、千葉と京都にあります。初めてその言葉を聞いた当初から興味は有り、海外に出てからその言葉を聞くことが増えていきました。そしてやっと今月の頭、念願のヴィパッサナに参加することになり京都まで行って来ました。
ここから書くことは私がヴィパッサナを体験し感じたそのままの気持ちです。
不安と期待の中、10日間の瞑想コースが始まりました。1日約10時間以上座り自己を見つめ続ける。そして寝る前に講和を聞く毎日。始めは「これが心の浄化にどう繋がるんだろう。」と思いつつ、ただひたすら言われた通りに瞑想をしていました。でも、日を重ねる毎にこのヴィパッサナ瞑想の本質を体験し始めました。
「あるがままを受け入れよ。」
「すべてのものは生まれては消えていく無常のもの。」
このコースを受け印象に残っている教えの1部です。苦しみも痛みもすべては自分から生まれている。決して自分以外の誰からでもない。そしてそれはいつかは消えていくもので執着しても自分をもっと苦しめるだけのこと。あるがままの今を知り、受け入れ、そして「ではこうしよう。」という次の一歩を出す。この教えが頭の中だけの理解ではなく、身体で、心で体感し始めたとき、何かがスーッと抜けていくように心が軽くなっていきました。本当に不思議な体験でした。
とにかく一生懸命修行しました。私はこのヴィパッサナに物凄く思い入れがあったので。休憩時間もとにかく座り目を瞑り続けました。大きな変化が現れ始めた5日目から、1つ1つ、また1つと今まで自分なりに気付いてきたことが繋がっていきました。聖なる沈黙が破られるその日の朝、目覚めと共に感じたものは泉のように湧き上がってくる感謝の気持ちでした。「今」に導いてくれたすべての運命、出会い、出来事、繋がりに対して。
この10日間はこのヴィパッサな瞑想を学び自己を知り、体感するものであり、完全に心が浄化するというものではありません。ここからが始まりなのだと思います。この意味はヴィパッサナに参加し、体感することで分かると思います。
このヴィパッサナという言葉を心のどこかに置いておいたらいいと思います。いつか来るべきタイミングにこの言葉を思い出す、または周りからこの言葉を聞くようになるという時期が来るかもしれません。今回、参加者・奉仕者と話して感じたことです。人それぞれのタイミングでここに来るんだなぁと。そしてコース中で感じ取ることも、学ぶことも人それぞれ。ただ私なりに言える事は、「新たな始まりに立つ機会を得た。」ということ。今後を生きていく上できっと自分を見つめ直す良い時間となると思います。参加した時は出来る出来ないに関係なく、最後まで一生懸命修行することをお勧めします
「継続こそ成功の鍵。」だそうですよ
多くの人にこの瞑想が伝わって、温かく優しいエネルギーがこの世界に広がっていくといいなと思っています。
最後に、
一緒に頑張った瞑想仲間、その修行を支えてくれた奉仕者の方々、先生、ヴィパッサナ参加を理解してくれた家族(もちろん心配だったみたいですが笑)、すべてのもの、そしてもちろん逃げなかった自分の心にも感謝します。
BE HAPPY!!!
Nao
絶対辿り着いてみせます