昨日は、おばあちゃんの十三回忌だった。


おばあちゃんが亡くなって13年。そう考えると、あっという間に過ぎた13年だったような気がする。


自分でもよくわからないけど、こういう親族の集まりの時、人見知りのせいなのか何なのかいつも以上に無口になってしまう。でも、頭の中では口に出さない分いつも以上にいろいろ思い出したり考えたりしてる。


小さい頃は本当に泣き虫だった私。弟とケンカしてお母さんに怒られると、おばあちゃんの所にいってよく泣いていた。おばあちゃんは、私をあんまり怒らないって知ってたから(笑)優しいおばあちゃんが大好きだった。


花が大好きでいろいろな花を育ててたおばあちゃん、特に薔薇を育てるのは難しいってよくつく虫と格闘していた気がする。


家で指圧をして仕事をしていたおばあちゃん、時々私が肩もみしてあげたりすると「気持ちいいわぁ。」って喜んでくれてた。


毎日毎日朝晩欠かさずに仏壇で30分くらいお参りしていたおばあちゃん。その影響でか、私も幼稚園くらいにはいつの間にか般若心経が言えるようになって、みんなから「すごいね、えらいね。」って褒められてた記憶がある。お参りしてるとご先祖様が喜んでる時には、風がないのにろうそくが揺れたり、ろうそくとろうそくの間に虹が出来て合図してくれてるんだよって教えてくれた。その虹を1回だけ私もおばあちゃんと一緒に見たことがある。


家族でどこかに出かけるときは、車で座る定位置が決まってて、幼稚園くらいの時の私の定位置はおばあちゃんの膝の上に頭を乗せて、おじいちゃんの膝の上に足を乗せて寝る・・それが大好きだった(笑)


高校生の時に、おばあちゃんが癌だと両親から知らされた。ショックだったけど、自分には何もできなくて、どうしたらいいのかわからず、ただいつも通りにしかできなくて悔しかった。将来の職業は、保母さんか看護婦さんなんて考えてたけど、そのときの気持ちが何となく看護師を選んだきっかけになったかもしれない。


看護学生になった頃には、おばあちゃんはよく入退院を繰り返すようになっていた。


入院中は、おばあちゃんのお見舞いに行くと「家の子は看護婦になるんだよ~。」なんて、看護師さんにまで話してて、まだ何にも知識がなくて国家試験も受けてすらいないのにそう言われるのが何だか恥ずかしい気がして嫌で「あんまり言わないで。」って言ってたな。


結局、看護師になる前におばあちゃんは天国に行っちゃったけど、本当は看護師の資格をとって一番に教えてあげたかったのはおばあちゃんだったかもしれない。


法要が終わっておっさん(和尚さん)から、ちょっとしたお話。

昔から「3」と「7」という数字は縁起のいい数字だと言われているんだとか。2や4だと争いが起こるから。

一周忌、三回忌、七回忌と悲しみの法要だとしたなら、十三回忌からは感謝の法要になるんだとか。


確か、前に本かテレビで聞いたことがある。お参りをする時に、亡くなった人に対して神様みたいにお願い事をする人が時々いるけどそれは間違っている。故人に対して、大丈夫ですよって安心させてあげることが大切だと。


今の私は、おばあちゃんを安心させてあげられてるのかな?

天国でおばあちゃんやおじいちゃんがいつまでも自慢できるような孫でありたいと思った。

感謝の心を忘れずに☆