【母とアイスクリーム】 | ”ミ”スターAkiraの救急救命室

”ミ”スターAkiraの救急救命室

2012年初頭、“クモ膜下出血&”脳梗塞“で倒れながらも、何とか独り暮らしが出来るまでに。
この間、お世話になった病院や施設、自主トレ用に用意した用具やアイテム、「障碍者でも利用できる施設&レストラン」をDateランダムに記録した個人奮闘日記。

【母とアイスクリーム】

 


中三の頃、母が死んだ 俺が殺したも同然だった・・・

あの日、俺が楽しみにとってあったアイスクリームを、母が弟に食べさせてしまった。...


学校から帰り、冷凍庫を開け、アイスを探したが見つからなかった。

母親に問い詰めると、弟が欲しがったのであげたと言った

その時楽しみにしていた俺は、すごく怒った。

母親に怒鳴り散らし、最後に「死ね!」と叫び、夕飯も食べずに部屋に篭った。

それから何時間か経った。

俺は寝てしまっていたが、父親が部屋に飛び込んできたので目が覚めた 。

「母さんが轢かれた・・・!」

あの時の親父の顔と言葉を、俺は一生忘れないだろう。

俺達が病院に着いたとき、母親はどうしようもない状態だと言われた。

医者は最後に傍にいてあげてくださいと言い、部屋を出た

それから少しして、母親は息を引き取った。

その後、母親があの時間に外にいた事を父から聞いた。

買い物に行くと言って出て行き、その帰りに車に轢かれた事。

現場のビニール袋の中には、アイスが一つだけ入っていた事。

救急車の中でずっとごめんねと呟いていた事。

その時、俺のために母はアイスを買いに行って事故にあったとわかった。

通夜と葬式の間中、俺はずっと泣いた。

そして、今でもこの時期になると自然に涙が出てくることもある。

母さん、ごめんよ。

俺が最後に死ねなんて言わなかったらと、今でも悔やみ続けている。

------------------------


こんなことが自分の身におきたらと思うとゾッとしてしまいます。

おきてしまったことは元には戻らないのだから、

立派に成長することがお母さんの供養になると思います。